野いちご源氏物語 〇三 空蝉(うつせみ)

 小君(こぎみ)は寝室の近くで寝ていた。うまくいくだろうかと気になって深く眠ってはいなかったから、源氏(げんじ)(きみ)が起こすとすぐに目を覚ました。
 お帰りになるのだと思って戸を開けてさしあげる。そこへ、年老いた女房(にょうぼう)が遠くから声をかけた。
「そこにいるのはどなた」
「私だよ」
 面倒だけれど答える。
「こんな夜中に若君がどうなさったのです」
 何か困っているのかもしれないと、気を()かせて歩み寄ってくる。
「大丈夫だよ。この戸から()(えん)に出ようとしているだけ」
 小君はあわてて源氏の君を押し出した。

 戸から月明かりが差しこんで、源氏の君の姿が逆光(ぎゃっこう)で浮かびあがる。
「一緒におられるのはどなた。ああ、その背の高さは民部(みんぶ)さんですね」
 民部と呼ばれる背の高い女房が屋敷にいる。老女房はその人と勘違いしたらしい。
「若君も今にあのくらい大きくおなりですよ」
 そう言って小君の後から自分も出ようとする。
 部屋の中に押し戻すこともできず、小君は老女房と濡れ縁に立った。
 柱の(かげ)に隠れていらっしゃる源氏の君を、老女房はめざとく見つけた。源氏の君はとっさにお顔を(そで)で隠される。
「民部さんは今まで奥様のおそばにいたのですね。 私は一昨日(おととい)からお(なか)の具合が悪くて休んでいたのに、人手(ひとで)が足りないからと呼ばれたのです。でもまだ治らなくて。ああ、痛い、痛い」
 言うだけ言って、返事も待たずに行ってしまった。
 源氏の君はお顔が真っ青。
 こんな軽率(けいそつ)な夜遊びはするものではないと、やっと()りていらっしゃった。