小君は源氏の君を廊下などでお待たせしていることを申し訳なく思って、急いで近づいてきた。
「姉の継娘が遊びにきておりまして、姉の近くに行くこともできませんでした」
と申し上げる。
「そうやって今夜も肩すかしで帰らせようというのか。ひどいではないか」
とおっしゃるので、
「まさかそんなことはいたしません。継娘が帰りましたら、姉のところにご案内いたします」
と申し上げる。
源氏の君は、
「うまく案内する計画があるのだろう。冷静でしっかりした子だから」
と期待なさっていた。
囲碁が終わって、女房たちが動きはじめる気配がしたの。
「若君はどちらにいらっしゃるのかしら。この戸はもう閉めてしまいますよ」
と女房が小君を探している。
小君は返事をしない。
廊下で源氏の君と一緒に息をひそめながら、
「姉上を説得するのはどうせ無理だろう。みんなが寝静まったら、こっそり源氏の君を姉上の寝室にお入れしよう」
と考えている。
ふいに源氏の君がおっしゃる。
「ところで、継娘というのはまだこの建物にいるのか。物陰から姿を見てみたい」
小君はあわてて、
「ご無理でございます。ついたての向こうに隠れるようにしておりますから」
と申し上げた。
困った浮気心だこと。
源氏の君は、「実は先ほど見てしまったのだ」と言うのもきまりが悪い気がして、何もおっしゃらなかったわ。
その代わり、
「早く夜がふけないだろうか」
と、女君に会うのを待ち遠しそうにおっしゃっていた。
小君が廊下から部屋の戸をたたくと、見習いとして働いている小さな女の子が戸を開けてくれたわ。
「僕はここに寝るよ。戸の近くは風が通って涼しいから」
そう言うと、女の子は廊下の奥の方に行ってしまった。
女房たちもそちらにいるみたい。
小君はしばらく寝たふりをして、あたりの様子をうかがっていた。
みんな寝てしまったみたいだけれど、灯りはついたままになっている。
もし女房が目を覚ましてもこちらが見えてしまわないように、小君はそっとついたてを広げた。
その陰に隠して源氏の君をお入れする。
「どうなるだろうか。誰かに気づかれて騒ぎたてられたら厄介なことになる」
と源氏の君は心配なさったけれど、ここまで来たら小君に任せるしかないわね。
音を立てないように慎重に女君の寝室までお進みになる。
でも、源氏の君がお召しになっているような上等なお着物って、動く音がよく響くのよ。
女君は、源氏の君からすっかりお手紙がないことにほっとしていらっしゃった。
でも、これでよかったのだと思いきることはできないの。
一日中源氏の君のことを考えてしまって、夜も眠れずにいらっしゃる。
となりをご覧になると、「今夜はこちらに泊まらせて」と言って寝てしまった継娘がいる。
何の悩みもない様子でぐっすりと眠っているのがうらやましいくらい。
そのとき、ふわっと空気が動いたの。とてもよい匂いがした。
「源氏の君だわ」
とお気づきになって、とっさに下着姿でご寝室の外へすべり出てしまわれた。
源氏の君が寝室にお入りになると、女君が一人で寝ていらっしゃる。
うまくいったと安心なさったわ。
布団がわりにかけている着物をどかして、お抱きしめになる。
やっとお会いできたうれしさで、まさか別人だとはお気づきにならない。
反応があまりに予想と違うので、やっとお顔をお確かめになる。
「これはいったいどういうことだ。だまされたのか。小君に? いや、あの人にだ」
と愕然となさった。
となりにはもう一つ寝床がある。
さっきまで誰かが寝ていたらしく、着物が散らかっていた。
「どこへ消えたのだ」
あたりを見回してごらんになる。
「追いかけて見つけたとしても、ここまで拒まれていてはどうしようもないだろう。この娘に騒がれても困る」
と、無理やり心を落ち着かせて判断なさった。
お腕のなかの娘をご覧になる。
さて、どうお思いになったのかしら。
本当にたちの悪い浮気心ですこと。
継娘はやっと目を覚ました。
思いもよらないことが起きているのだけれど、こんなときにどうしたらよいかもまだ知らない。
ただ、あまり物事を悪く考えない性格なのね。
かわいらしくほほえんで、思いがけない出来事を楽しもうとする様子さえあったわ。
この期に及んでも源氏の君は名乗ることをためらわれた。
でも、もし継娘がよくよくいきさつを考えたら、人違いをされたのだと気づくかもしれない。
それを誰かに言いふらせば女君に悪い噂が立ってしまうだろうから、この場はうまく言いくるめておいた方がよいとお考えになった。
「あなたにお会いしたくて、たびたびこの屋敷に来ていたのですよ。やっとお会いできました」
などと適当なことをおっしゃる。
物事を悪く考えない継娘は、あっさり納得して源氏の君に身を任せたわ。
「この娘も十分かわいらしいが、また会いたいと思うほどではない。あの人はどこへ行ってしまったのだ。どこかで私のことを笑っているのだろう。信じられないほど強情な人だ」
と悔しく思われる。
その胸元で、継娘はあどけない顔でうっとりと源氏の君を見つめている。
気の毒なことをしたとお思いになって、
「秘密の恋の方が燃えると昔から言うでしょう。面倒な身分なので思いどおりに動けないことも多いけれど、いつもあなたのことを思っていますよ。あなたも私のことを忘れずに待っていてください」
と、それらしいことをおっしゃる。
「私から源氏の君にお手紙などお送りできませんわ。恥ずかしくて、誰にも頼めませんもの」
と継娘が言うと、
「あなたの継母に弟がいるでしょう。そう、小君と呼ばれている少年です。私のところに出入りしているから、手紙はその子に預けてください。他の人にはこの関係を知られてはいけませんよ」
とお教えになる。
源氏の君はとなりの寝床から薄い着物を一枚拾い上げると、大切そうに抱えて寝室から出ていかれたわ。
「姉の継娘が遊びにきておりまして、姉の近くに行くこともできませんでした」
と申し上げる。
「そうやって今夜も肩すかしで帰らせようというのか。ひどいではないか」
とおっしゃるので、
「まさかそんなことはいたしません。継娘が帰りましたら、姉のところにご案内いたします」
と申し上げる。
源氏の君は、
「うまく案内する計画があるのだろう。冷静でしっかりした子だから」
と期待なさっていた。
囲碁が終わって、女房たちが動きはじめる気配がしたの。
「若君はどちらにいらっしゃるのかしら。この戸はもう閉めてしまいますよ」
と女房が小君を探している。
小君は返事をしない。
廊下で源氏の君と一緒に息をひそめながら、
「姉上を説得するのはどうせ無理だろう。みんなが寝静まったら、こっそり源氏の君を姉上の寝室にお入れしよう」
と考えている。
ふいに源氏の君がおっしゃる。
「ところで、継娘というのはまだこの建物にいるのか。物陰から姿を見てみたい」
小君はあわてて、
「ご無理でございます。ついたての向こうに隠れるようにしておりますから」
と申し上げた。
困った浮気心だこと。
源氏の君は、「実は先ほど見てしまったのだ」と言うのもきまりが悪い気がして、何もおっしゃらなかったわ。
その代わり、
「早く夜がふけないだろうか」
と、女君に会うのを待ち遠しそうにおっしゃっていた。
小君が廊下から部屋の戸をたたくと、見習いとして働いている小さな女の子が戸を開けてくれたわ。
「僕はここに寝るよ。戸の近くは風が通って涼しいから」
そう言うと、女の子は廊下の奥の方に行ってしまった。
女房たちもそちらにいるみたい。
小君はしばらく寝たふりをして、あたりの様子をうかがっていた。
みんな寝てしまったみたいだけれど、灯りはついたままになっている。
もし女房が目を覚ましてもこちらが見えてしまわないように、小君はそっとついたてを広げた。
その陰に隠して源氏の君をお入れする。
「どうなるだろうか。誰かに気づかれて騒ぎたてられたら厄介なことになる」
と源氏の君は心配なさったけれど、ここまで来たら小君に任せるしかないわね。
音を立てないように慎重に女君の寝室までお進みになる。
でも、源氏の君がお召しになっているような上等なお着物って、動く音がよく響くのよ。
女君は、源氏の君からすっかりお手紙がないことにほっとしていらっしゃった。
でも、これでよかったのだと思いきることはできないの。
一日中源氏の君のことを考えてしまって、夜も眠れずにいらっしゃる。
となりをご覧になると、「今夜はこちらに泊まらせて」と言って寝てしまった継娘がいる。
何の悩みもない様子でぐっすりと眠っているのがうらやましいくらい。
そのとき、ふわっと空気が動いたの。とてもよい匂いがした。
「源氏の君だわ」
とお気づきになって、とっさに下着姿でご寝室の外へすべり出てしまわれた。
源氏の君が寝室にお入りになると、女君が一人で寝ていらっしゃる。
うまくいったと安心なさったわ。
布団がわりにかけている着物をどかして、お抱きしめになる。
やっとお会いできたうれしさで、まさか別人だとはお気づきにならない。
反応があまりに予想と違うので、やっとお顔をお確かめになる。
「これはいったいどういうことだ。だまされたのか。小君に? いや、あの人にだ」
と愕然となさった。
となりにはもう一つ寝床がある。
さっきまで誰かが寝ていたらしく、着物が散らかっていた。
「どこへ消えたのだ」
あたりを見回してごらんになる。
「追いかけて見つけたとしても、ここまで拒まれていてはどうしようもないだろう。この娘に騒がれても困る」
と、無理やり心を落ち着かせて判断なさった。
お腕のなかの娘をご覧になる。
さて、どうお思いになったのかしら。
本当にたちの悪い浮気心ですこと。
継娘はやっと目を覚ました。
思いもよらないことが起きているのだけれど、こんなときにどうしたらよいかもまだ知らない。
ただ、あまり物事を悪く考えない性格なのね。
かわいらしくほほえんで、思いがけない出来事を楽しもうとする様子さえあったわ。
この期に及んでも源氏の君は名乗ることをためらわれた。
でも、もし継娘がよくよくいきさつを考えたら、人違いをされたのだと気づくかもしれない。
それを誰かに言いふらせば女君に悪い噂が立ってしまうだろうから、この場はうまく言いくるめておいた方がよいとお考えになった。
「あなたにお会いしたくて、たびたびこの屋敷に来ていたのですよ。やっとお会いできました」
などと適当なことをおっしゃる。
物事を悪く考えない継娘は、あっさり納得して源氏の君に身を任せたわ。
「この娘も十分かわいらしいが、また会いたいと思うほどではない。あの人はどこへ行ってしまったのだ。どこかで私のことを笑っているのだろう。信じられないほど強情な人だ」
と悔しく思われる。
その胸元で、継娘はあどけない顔でうっとりと源氏の君を見つめている。
気の毒なことをしたとお思いになって、
「秘密の恋の方が燃えると昔から言うでしょう。面倒な身分なので思いどおりに動けないことも多いけれど、いつもあなたのことを思っていますよ。あなたも私のことを忘れずに待っていてください」
と、それらしいことをおっしゃる。
「私から源氏の君にお手紙などお送りできませんわ。恥ずかしくて、誰にも頼めませんもの」
と継娘が言うと、
「あなたの継母に弟がいるでしょう。そう、小君と呼ばれている少年です。私のところに出入りしているから、手紙はその子に預けてください。他の人にはこの関係を知られてはいけませんよ」
とお教えになる。
源氏の君はとなりの寝床から薄い着物を一枚拾い上げると、大切そうに抱えて寝室から出ていかれたわ。



