野いちご源氏物語 〇三 空蝉(うつせみ)

 源氏(げんじ)(きみ)女君(おんなぎみ)をいまいましく思いながらも、
<これで終わりにはできない>
 とお心にかかりつづけている。ご自分が拒絶(きょぜつ)されるなんて許せない。小君を呼んでおっしゃった。
「おまえの姉君はあまりに冷たい人だから、いっそ忘れてしまおうと思ったが、どうしても忘れられない。お会いできるよう計画しておくれ」
 この間のことで()りた小君はためらったけれど、源氏の君が頼ってくださったことがうれしい。
<どんなときを(ねら)ったらうまくいくだろう>
 幼心(おさなごころ)に機会を待っていると、紀伊()(かみ)が地方に赴任(ふにん)した。

 男の家来たちは紀伊の守がお(とも)として連れていった。屋敷は女たちばかりで、警戒(けいかい)(しん)(うす)い。
 小君は自分の乗り物に源氏の君をお乗せすると、夕闇(ゆうやみ)にまぎれて紀伊の守の屋敷へ向かった。
<年齢よりはしっかりしているが、まだ幼い子どもだ。大丈夫だろうか>
 源氏の君は心配なさったけれど、この機会を(のが)すわけにはいかない。目立たない格好で、「むこうの屋敷の門に鍵がかけられないうちに」と急いで行かれる。
 一番人目(ひとめ)につかない門から乗り物のまま入って、源氏の君は屋敷の()(えん)までたどり着かれた。警備(けいび)の男たちが少し残っていたけれど、幼い小君の乗り物にわざわざ近づいて挨拶(あいさつ)などしない。

 小君は源氏の君を部屋から見えないところにお待たせする。それからわざと元気よく女房(にょうぼう)に話しかけながら入っていった。
「こんなに暑いのに、どうして戸を閉めきっているの」
「紀伊の守の妹君(いもうとぎみ)が、お昼からこちらにお()しなのです。外からご様子が見えてはいけませんから。奥様と囲碁(いご)をして遊んでいらっしゃいますよ」
 紀伊の守の妹は継母(ままはは)である女君に(なつ)いていて、離れから(わた)廊下(ろうか)を通って気軽に遊びに来る。

 源氏の君は、小君が入っていった戸にこっそりと近づき、縁側(えんがわ)(しの)びこまれた。
<囲碁をしているなら、ふたりが向かいあっているところを見られるかもしれない>
 (のぞ)いてごらんになると、暑さのせいかついたては片付けてあって、奥までよく見通せてしまう。
 部屋の真ん中あたりに女君はいらっしゃった。
 濃い紫色の着物の、小柄(こがら)な後ろ姿が見える。なんとなく地味な感じがする。
 向かいあった継娘(ままむすめ)からも顔を見られないようにしているのが奥ゆかしい。やせた手を恥じて、しょちゅう(そで)で隠そうとする。

 継娘は源氏の君からよく見えた。
 白い下着に赤紫色の着物をだらしなく羽織って、胸元がはだけている。いくら暑いとはいえ品がない。
 でも、色白でぽっちゃりとして魅力(みりょく)的。華やかな顔立ちに愛嬌(あいきょう)があって、(かみ)も豊かだった。
<父親がたいそうかわいがっているというのももっともだ>
 かわいらしい人だと認めつつも、
<もう少し落ち着いた雰囲気がほしいが>
 とお感じになる。

 囲碁は女君が勝った。
 継娘は(くや)しがりながらも楽しそうに笑っている。やはり少し品が足りない。
 源氏の君は女君をじっとご覧になった。
 ななめむこう向きな上、口元を(かく)しているからはっきりとしないけれど、わずかに横顔が見える。あまり美人ではない。しかし奥ゆかしい品の良さにかけては、継娘とは比べ物にならなかった。
 浮気な源氏の君だから、もちろん継娘にも興味はお持ちになったけれど。

 源氏の君はこれまで、女性のくつろいだ姿をご覧になったことがなかった。奥様や恋人たちは、源氏の君の前ではとり澄ましていらっしゃる。
 こんなふうに垣間(かいま)()なさったこともないから、どきどきして目が離せない。
<何もかも丸見えではないか。見られていることに気づいていないのは気の毒だが、このままずっと見ていたい>
 夢中でご覧になっているうちに、小君が部屋から出てくる気配(けはい)がした。急いで元の場所にお戻りになる。