野いちご源氏物語 〇二 帚木(ははきぎ)

「最後に情けない失敗談(しっぱいだん)をお話しして、私の話はおしまいにいたしましょう。同じころ、私にはもう一人恋人がおりました。指にかみついた女より見た目がよく、和歌や字や(こと)も上手でした。私の身の回りの世話はかみつき女に任せて、こちらの女は楽しい恋の相手としていたのでございます。ただこちらは男好きな風流女(ふうりゅうおんな)でして、(うわ)ついたところがありました。頼りがいのある妻にはなりそうにないと思って、しばらく家を訪れておりませんでした。今思えば、その間に他に男ができていたのですな。

月の美しい夜でございました。その日は内裏(だいり)から父の家に帰ろうとしていたところ、知り合いが私の乗り物に同乗(どうじょう)することになりました。父の家まで帰る途中に風流女の家があるのですが、その前を通り過ぎようとすると、知り合いが『ここで降ろしてくれ』と言うのです。
男が降りたあと、私は思わず(あと)をつけました。男は私の恋人の家の縁側(えんがわ)に腰かけて、月を(なが)めているではありませんか。そして着物から横笛(よこぶえ)など取り出しましてね、美しく吹きはじめたのです。女も琴を弾きはじめました。なかなかよい合奏でございましたよ。
そのあと和歌を詠みあうのが聞こえてきたところで、自分はいったい何をしているのだと急に恥ずかしくなってきて、こっそり乗り物に戻ったのでございます。ああいう風流で男好きな女は遊びの恋人としてならよいのですが、妻としては信頼できません。その夜の件を理由に別れてしまいました。

かみつき女と風流女を比べてみますと、そのころの私でも風流女は信頼できる女ではないと気づいておりました。年をとった今はなおさらそのように思います。源氏(げんじ)(きみ)頭中将(とうのちゅうじょう)様はお若いですから、男好きな風流女に心ひかれることもございましょう。しかしあと何年かすればきっとお分かりになります。
私などからご忠告(ちゅうこく)申し上げるのは(おそ)れ多いことでございますが、男好きな風流女にはご注意なされませ。引っかかった男の方にも悪い(うわさ)が立ってしまうものですから」
と、ご忠告でお話を()めくくられたわ。

頭中将様は神妙(しんみょう)にうなずかれていた。
源氏の君は少しほほえまれて、ひとつのご意見として認めてはいらっしゃるようだった。
「どちらの女性との思い出も、こんなところでしか話せないような苦い思い出だろうね」
と笑っていらっしゃったわ。