恋愛博士はその出来事を打ち明けなさった。
「今よりも身分が低かったころ、ある一人の恋人がおりました。優しい女でしたが見た目は今ひとつでしたので、若かった私はその女を妻にする気にはならなかったのでございます。もっと頻繁に顔を見せてやらなければと思いながらも、つい他の恋人たちのところで遊んでおりました。
女はひどく嫉妬しましたが、無視して遊びつづけていたのでございます。するとますます激しく嫉妬いたしますので、『私のような身分の低い男になぜそこまで熱心になってくれるのか』というような気もしてまいりました。それで自然と浮気心が起きなくなってきたのです。その女は、私のために家事のなかの苦手なこともがんばってくれる女でした。私に嫌われないようにと化粧なども努力しておりました。ただ一つ、ひどい嫉妬だけが欠点だったのでございます。
そこで私は、少しこらしめるようなことを言ってやれば嫉妬心も治るのではないかと思いました。女が嫉妬したときに、『こんなに怒りっぽい女とはもう一緒にいられない。あと少し出世したら正妻にするつもりだったのだが。別れるか嫉妬をやめるか選ぶがよい』と言ってやったのです。女は、『ご出世を待ちつづけることはよろこんでいたしますが、あなたの浮気に耐えつづけることはできません。お別れいたしましょう』と申しました。私も腹が立って言い合いになりましてね。女は興奮して、なんと私の指にかみついてきたのです。ほとほと嫌になりまして、『指が折れたではないか。このような怪我をしてしまっては内裏で働くことはできない。出世の道も閉ざされた。もう出家するしかない。今日でお別れだ』とおおげさに言って脅してやりました。
そうして女の家から飛び出したあと、手紙を送りました。『ともに過ごした年月を指折り数えるような、幸せな夫婦になれるかもしれないと思っていたのだが。あなたのひどい嫉妬を数えたら指が足りなかった。別れることになったのは私のせいではない』と書きましたら、女からは、『私も心のなかであなたのひどい浮気を数えておりました。お別れするべきときなのでございましょう』という返事が届きました。それからは、家を訪ねることも手紙を送ることもありませんでした。
ずいぶん経ちまして、雪まじりの雨が降る寒い夜のことでございました。仕事で遅くなって、さてどの恋人の家に帰ろうかと考えましたが、やはりあの女の家に帰りたいと思ってしまったのです。
気まずさと期待をもって行ってみますと、寝室はすぐ寝られるように準備されていて、私の着替えが暖めてありました。私が来るのを待っていてくれたのかと思いましたが、女が見当たりません。女房に聞いてみますと親戚の家に行ったと言うのです。私が来るかもしれないから準備だけは整えたが、やはり会う気にはなれなかったということでしょうな。
そのあとはお互い意地を張り合って、それでも私はいつか仲直りができるだろうと楽観的に思っておりました。しかしそうしているうちに女は意地の張り合いに疲れたのか、亡くなってしまったのです。もっと早く私が折れていればよかったのでしょう。正妻にするのをためらうべきではありませんでした。どんな話でも話し相手にできる女で、染め物や裁縫などは神がかっているほど得意だったのでございますよ」
と、しみじみ思い出しながらお話しになったわ。
頭中将様は、
「染め物や裁縫の才能があったのなら、立派な正妻になっただろうね。縁が長続きする才能もあってほしかったが。染め物というのは、布をちょうどよいときに取り出さないと望みどおりの色の深さにならないだろう。男女が信頼を深め合うにもちょうどよいときというのがあって、逃してしまったらせっかく深まりかけていた信頼が消えてしまうのだろうね。これだから男女の仲は難しくて、妻を選びきれないということにもなるのだろう」
とおっしゃった。
「今よりも身分が低かったころ、ある一人の恋人がおりました。優しい女でしたが見た目は今ひとつでしたので、若かった私はその女を妻にする気にはならなかったのでございます。もっと頻繁に顔を見せてやらなければと思いながらも、つい他の恋人たちのところで遊んでおりました。
女はひどく嫉妬しましたが、無視して遊びつづけていたのでございます。するとますます激しく嫉妬いたしますので、『私のような身分の低い男になぜそこまで熱心になってくれるのか』というような気もしてまいりました。それで自然と浮気心が起きなくなってきたのです。その女は、私のために家事のなかの苦手なこともがんばってくれる女でした。私に嫌われないようにと化粧なども努力しておりました。ただ一つ、ひどい嫉妬だけが欠点だったのでございます。
そこで私は、少しこらしめるようなことを言ってやれば嫉妬心も治るのではないかと思いました。女が嫉妬したときに、『こんなに怒りっぽい女とはもう一緒にいられない。あと少し出世したら正妻にするつもりだったのだが。別れるか嫉妬をやめるか選ぶがよい』と言ってやったのです。女は、『ご出世を待ちつづけることはよろこんでいたしますが、あなたの浮気に耐えつづけることはできません。お別れいたしましょう』と申しました。私も腹が立って言い合いになりましてね。女は興奮して、なんと私の指にかみついてきたのです。ほとほと嫌になりまして、『指が折れたではないか。このような怪我をしてしまっては内裏で働くことはできない。出世の道も閉ざされた。もう出家するしかない。今日でお別れだ』とおおげさに言って脅してやりました。
そうして女の家から飛び出したあと、手紙を送りました。『ともに過ごした年月を指折り数えるような、幸せな夫婦になれるかもしれないと思っていたのだが。あなたのひどい嫉妬を数えたら指が足りなかった。別れることになったのは私のせいではない』と書きましたら、女からは、『私も心のなかであなたのひどい浮気を数えておりました。お別れするべきときなのでございましょう』という返事が届きました。それからは、家を訪ねることも手紙を送ることもありませんでした。
ずいぶん経ちまして、雪まじりの雨が降る寒い夜のことでございました。仕事で遅くなって、さてどの恋人の家に帰ろうかと考えましたが、やはりあの女の家に帰りたいと思ってしまったのです。
気まずさと期待をもって行ってみますと、寝室はすぐ寝られるように準備されていて、私の着替えが暖めてありました。私が来るのを待っていてくれたのかと思いましたが、女が見当たりません。女房に聞いてみますと親戚の家に行ったと言うのです。私が来るかもしれないから準備だけは整えたが、やはり会う気にはなれなかったということでしょうな。
そのあとはお互い意地を張り合って、それでも私はいつか仲直りができるだろうと楽観的に思っておりました。しかしそうしているうちに女は意地の張り合いに疲れたのか、亡くなってしまったのです。もっと早く私が折れていればよかったのでしょう。正妻にするのをためらうべきではありませんでした。どんな話でも話し相手にできる女で、染め物や裁縫などは神がかっているほど得意だったのでございますよ」
と、しみじみ思い出しながらお話しになったわ。
頭中将様は、
「染め物や裁縫の才能があったのなら、立派な正妻になっただろうね。縁が長続きする才能もあってほしかったが。染め物というのは、布をちょうどよいときに取り出さないと望みどおりの色の深さにならないだろう。男女が信頼を深め合うにもちょうどよいときというのがあって、逃してしまったらせっかく深まりかけていた信頼が消えてしまうのだろうね。これだから男女の仲は難しくて、妻を選びきれないということにもなるのだろう」
とおっしゃった。



