源氏の君は前回と同じ手段をお使いになった。
まずは内裏にしばらく泊まって、左大臣邸の方角への移動は縁起が悪いとされる日をお待ちになる。そしてその夜わざと左大臣邸へ向かい、途中で方角占いのことを思い出したふりをして、行き先を紀伊の守の屋敷に変更なさった。
紀伊の守は突然のご訪問に驚いたけれど、
「我が家の涼しい庭がお気に召したのだろう」
と恐縮しながら喜んだ。
紀伊の守の屋敷へ行くことを、小君には昼間のうちにお伝えになっていた。到着後すぐに小君をお呼びになる。
女君にもあらかじめお手紙で知らせていらっしゃった。
<そこまでしてお越しくださるということは、それほど浅いお心ではないのかもしれない。しかし今夜落ち着いて私をご覧になったら、きっとがっかりなさる。それに私は私で、また苦しみを繰り返すことになるのだ>
このまま部屋で源氏の君をお待ちするなんてとてもできない。
小君が源氏の君に呼ばれた隙に、逃げてしまうことにした。
「お客様のご寝室にあまりに近くて気が引ける。肩なども凝ったから、誰かに揉んでもらいたい。それには離れた部屋の方が都合がよいから」
と理由をつけて、女君は中将の君という女房の部屋へ隠れた。
源氏の君はお供を早く寝かせて、そのときを待っていらっしゃった。
まず小君を使ってお手紙を届けようとなさるけれど、小君は姉を見つけられない。屋敷中を探し歩いて、やっと女房の部屋で見つけた。
「いったい何をなさっているのです。どういうおつもりですか。私の立場もお考えください」
泣きそうになっている。
「このようなお使いをしてはいけません。幼い人がすることではありませんよ」
女君はきつく叱って、
「お客様が私をお探しなら、『体調が悪いので女房に手当てさせております』とお伝えしなさい。あなたがこんなところをうろうろしていたら、女房たちが不審に思いますよ」
と追い払うように言った。
しかし心の中は乱れている。
<これがもし、地方長官の後妻などになっていない娘時代だったら。亡くなった両親の気配が残る実家で、たまの訪れをお待ちするのだったら、どんなに幸せなことだっただろう。こうして頑なな態度でいては、身の程知らずな女だと源氏の君はお思いになるだろう>
それは嫌だ、つらいとも思う。
<そうは言っても、やはりもう源氏の君のご愛情を求められる身の上ではない。あちらのお気持ちにも、自分の気持ちにも、気づかないふりをするのが一番だ>
と、悩みぬいて結論を出す。
<幼い小君には難しい交渉だろう>
源氏の君は心配しながら小君の帰りをお待ちになっていた。
小君が戻ってきてうまくいかなかったことをお伝えする。女君の強情さに打ちのめされた源氏の君は、
「自分が恥ずかしい」
と言ったきり黙りこんでしまわれた。ため息をついてつらそうになさっている。
「近づいたら消えてしまうだなんて、帚木という幻の木のようではありませんか。あなたを探して道に迷っております。もう何も申し上げられない」
というお手紙を小君にお渡しになる。
さすがに女君も女房の部屋で寝られずにいたから、
「帚木がどうして消えてしまうかご存じですか。自分のみすぼらしい境遇が恥ずかしいのです」
とお返事した。
小君は客室と女房の部屋を行ったり来たりしている。源氏の君がお気の毒で眠くもならない。女君は誰かが怪しむのではないかとはらはらしていた。
前回と同様にお供は熟睡している。
源氏の君はひたすら女君のことをお考えになっていた。帚木のように消えてしまうどころか、女君の強情さははっきりと目の前にある。
<そんな人だからこそ手に入れたいのだ>
いまいましくて気になる一方で、あまりの仕打ちに、
<もうよいではないか、あんな女は>
ともお思いになる。しかし諦めきることもできない。
「どこに隠れていらっしゃるのだ。私の方から行く」
とまでおっしゃったけれど、さすがに小君はお止めした。
「女房の部屋ですから人がたくさんおります。ご無理でございます」
そう申し上げながら、小君は源氏の君をお気の毒に思った。
「そうか。ひどい姉君だな。おまえは私を捨てないでおくれ」
源氏の君は小君を隣に寝かせなさる。小君はにこにことうれしそうにしているので、
<姉よりもよほど弟の方がかわいらしいではないか>
とお思いになった。
まずは内裏にしばらく泊まって、左大臣邸の方角への移動は縁起が悪いとされる日をお待ちになる。そしてその夜わざと左大臣邸へ向かい、途中で方角占いのことを思い出したふりをして、行き先を紀伊の守の屋敷に変更なさった。
紀伊の守は突然のご訪問に驚いたけれど、
「我が家の涼しい庭がお気に召したのだろう」
と恐縮しながら喜んだ。
紀伊の守の屋敷へ行くことを、小君には昼間のうちにお伝えになっていた。到着後すぐに小君をお呼びになる。
女君にもあらかじめお手紙で知らせていらっしゃった。
<そこまでしてお越しくださるということは、それほど浅いお心ではないのかもしれない。しかし今夜落ち着いて私をご覧になったら、きっとがっかりなさる。それに私は私で、また苦しみを繰り返すことになるのだ>
このまま部屋で源氏の君をお待ちするなんてとてもできない。
小君が源氏の君に呼ばれた隙に、逃げてしまうことにした。
「お客様のご寝室にあまりに近くて気が引ける。肩なども凝ったから、誰かに揉んでもらいたい。それには離れた部屋の方が都合がよいから」
と理由をつけて、女君は中将の君という女房の部屋へ隠れた。
源氏の君はお供を早く寝かせて、そのときを待っていらっしゃった。
まず小君を使ってお手紙を届けようとなさるけれど、小君は姉を見つけられない。屋敷中を探し歩いて、やっと女房の部屋で見つけた。
「いったい何をなさっているのです。どういうおつもりですか。私の立場もお考えください」
泣きそうになっている。
「このようなお使いをしてはいけません。幼い人がすることではありませんよ」
女君はきつく叱って、
「お客様が私をお探しなら、『体調が悪いので女房に手当てさせております』とお伝えしなさい。あなたがこんなところをうろうろしていたら、女房たちが不審に思いますよ」
と追い払うように言った。
しかし心の中は乱れている。
<これがもし、地方長官の後妻などになっていない娘時代だったら。亡くなった両親の気配が残る実家で、たまの訪れをお待ちするのだったら、どんなに幸せなことだっただろう。こうして頑なな態度でいては、身の程知らずな女だと源氏の君はお思いになるだろう>
それは嫌だ、つらいとも思う。
<そうは言っても、やはりもう源氏の君のご愛情を求められる身の上ではない。あちらのお気持ちにも、自分の気持ちにも、気づかないふりをするのが一番だ>
と、悩みぬいて結論を出す。
<幼い小君には難しい交渉だろう>
源氏の君は心配しながら小君の帰りをお待ちになっていた。
小君が戻ってきてうまくいかなかったことをお伝えする。女君の強情さに打ちのめされた源氏の君は、
「自分が恥ずかしい」
と言ったきり黙りこんでしまわれた。ため息をついてつらそうになさっている。
「近づいたら消えてしまうだなんて、帚木という幻の木のようではありませんか。あなたを探して道に迷っております。もう何も申し上げられない」
というお手紙を小君にお渡しになる。
さすがに女君も女房の部屋で寝られずにいたから、
「帚木がどうして消えてしまうかご存じですか。自分のみすぼらしい境遇が恥ずかしいのです」
とお返事した。
小君は客室と女房の部屋を行ったり来たりしている。源氏の君がお気の毒で眠くもならない。女君は誰かが怪しむのではないかとはらはらしていた。
前回と同様にお供は熟睡している。
源氏の君はひたすら女君のことをお考えになっていた。帚木のように消えてしまうどころか、女君の強情さははっきりと目の前にある。
<そんな人だからこそ手に入れたいのだ>
いまいましくて気になる一方で、あまりの仕打ちに、
<もうよいではないか、あんな女は>
ともお思いになる。しかし諦めきることもできない。
「どこに隠れていらっしゃるのだ。私の方から行く」
とまでおっしゃったけれど、さすがに小君はお止めした。
「女房の部屋ですから人がたくさんおります。ご無理でございます」
そう申し上げながら、小君は源氏の君をお気の毒に思った。
「そうか。ひどい姉君だな。おまえは私を捨てないでおくれ」
源氏の君は小君を隣に寝かせなさる。小君はにこにことうれしそうにしているので、
<姉よりもよほど弟の方がかわいらしいではないか>
とお思いになった。



