頭中将様が、
「私は愚か者の話をしましょう」
とおっしゃって、ご自分の思い出話を始められたわ。
「こっそりと気に入った女性がいました。ほんの遊びのつもりだったのですが、家に通っているうちにだんだん情が移って、たまに顔を見せにいくくらいの間柄になっていたのです。するとあちらも私を恋人と思って頼りにしてくれるようになりました。私は浮気者ですから、恋人として女性に信頼してもらえる男ではありません。恨めしく思われることもあるだろうと心配していましたが、まったく浮気に気づかないふりをしてくれるのです。ひさしぶりに訪ねていっても、毎日来ている男をもてなすようにして、ほっと安らいだ気持ちにさせてくれます。さすがに私も心苦しくなって、長く大切にしてやろうと思っていました。
その女性は親も亡くなっていて、とても心細かったのでしょう。何かにつけ私を頼ろうとする様子がかわいらしかったものです。それなのに私は、嫉妬をしない性格に甘えて長く放っておいたことがありました。あとから知ったのですが、このとき私の正妻が、誰かに命じてその女性に文句をつけたらしいのです。そんなかわいそうなことがあったとは知らず、もちろん彼女を忘れてはいませんでしたが、手紙なども送らず長い間放っておいてしまいました。
私たちの間には幼い娘がいましたから、よけいに心細く思い悩んだのでしょうね。ある日、あちらから私に手紙を送ってきたのです。手紙には撫子の花——かわいい子どもを意味する花が添えられていました」
と涙ぐみながらおっしゃる。
源氏の君が、
「それでその手紙の内容は」
とお尋ねになると、
「それがはっきりしたことは書かれていなかったのですよ。ただ、『数にも入らない私ですが、どうか娘のことはかわいがってやってください』とだけ。いったいどうしたのだろうと思って訪ねてみますと、いつものようにおっとりと優しいのですが、深い悩みがありそうな顔をしているのです。
震えながら静かに泣く声が庭の虫の音とあわさって聞こえて、呑気にも昔の物語のようだと思っていました。私は『たしかに私はたくさんの恋人がいるが、あなたのことを一番に思っていますよ』となぐさめました。愚かでしたね。母親のあの人を安心させるには、娘のことを思いやる言葉をかけてやった方がよかったのに。
彼女は少しだけ悲しそうな顔をしましたが、激しく恨んでいるようには見えませんでした。涙があふれるのを恥ずかしがって顔を隠そうとするのです。つらそうにしていることを私に気づかれたくないと思っているようでしたので、愚かな私はそれほどたいしたことでもないのだろうと思って、またしばらく放っておきました。
そして、彼女は娘を連れて姿を消してしまったのです。
まだ生きているなら、きっと苦労していることでしょう。もっと私を頼って相談してくれていたら、あんなことにはさせませんでした。きちんと妻の一人にして、たまに家を訪れて世話をしつづけてやることだってできたはずなのです。
娘もとてもかわいらしい子でした。なんとか探し出そうとしているのですが、いまだに手がかりがありません。先ほどの話で言うなら、あの女性は妻にするには頼りない軽はずみな女だったということになりますね。もう彼女は私を頼りに思っていなかったのに、私はそれに気づかずかわいい恋人だと思いつづけていたのですから、つまらない片思いをしたものです。
最近やっと忘れかけてきましたが、彼女の方はどうでしょう。物寂しい夕暮れ時などには、ときどき私のことを思い出して、自分が軽はずみだったと後悔しているのではないかと想像するのですよ。あの女性は、頼りなくて長く関係を続けられない女性の典型だったのかもしれません。
どの女性にも長所と短所があるのでしょうね。かみつき女は誠実そうな面もあったが、実際に妻にしていたら嫌になることもあったでしょう。風流女は魅力的で心ひかれるが、浮気癖があるのは困る。今話した私の恋人だって、おっとりして安らぐ女性だったが行方をくらませたのは軽はずみだったし、もしかしたらその裏には男がいたのかもしれない。
そんなふうだから、女性たちを比較するのは難しいのです。さまざまな女性のよいところだけを集めた、文句のつけようのない女性などは存在しないのでしょう。こうなったらもう、お寺にある美しい天女の像にでも恋をするしかありませんね」
とおっしゃる。
皆様お笑いになったわ。
「私は愚か者の話をしましょう」
とおっしゃって、ご自分の思い出話を始められたわ。
「こっそりと気に入った女性がいました。ほんの遊びのつもりだったのですが、家に通っているうちにだんだん情が移って、たまに顔を見せにいくくらいの間柄になっていたのです。するとあちらも私を恋人と思って頼りにしてくれるようになりました。私は浮気者ですから、恋人として女性に信頼してもらえる男ではありません。恨めしく思われることもあるだろうと心配していましたが、まったく浮気に気づかないふりをしてくれるのです。ひさしぶりに訪ねていっても、毎日来ている男をもてなすようにして、ほっと安らいだ気持ちにさせてくれます。さすがに私も心苦しくなって、長く大切にしてやろうと思っていました。
その女性は親も亡くなっていて、とても心細かったのでしょう。何かにつけ私を頼ろうとする様子がかわいらしかったものです。それなのに私は、嫉妬をしない性格に甘えて長く放っておいたことがありました。あとから知ったのですが、このとき私の正妻が、誰かに命じてその女性に文句をつけたらしいのです。そんなかわいそうなことがあったとは知らず、もちろん彼女を忘れてはいませんでしたが、手紙なども送らず長い間放っておいてしまいました。
私たちの間には幼い娘がいましたから、よけいに心細く思い悩んだのでしょうね。ある日、あちらから私に手紙を送ってきたのです。手紙には撫子の花——かわいい子どもを意味する花が添えられていました」
と涙ぐみながらおっしゃる。
源氏の君が、
「それでその手紙の内容は」
とお尋ねになると、
「それがはっきりしたことは書かれていなかったのですよ。ただ、『数にも入らない私ですが、どうか娘のことはかわいがってやってください』とだけ。いったいどうしたのだろうと思って訪ねてみますと、いつものようにおっとりと優しいのですが、深い悩みがありそうな顔をしているのです。
震えながら静かに泣く声が庭の虫の音とあわさって聞こえて、呑気にも昔の物語のようだと思っていました。私は『たしかに私はたくさんの恋人がいるが、あなたのことを一番に思っていますよ』となぐさめました。愚かでしたね。母親のあの人を安心させるには、娘のことを思いやる言葉をかけてやった方がよかったのに。
彼女は少しだけ悲しそうな顔をしましたが、激しく恨んでいるようには見えませんでした。涙があふれるのを恥ずかしがって顔を隠そうとするのです。つらそうにしていることを私に気づかれたくないと思っているようでしたので、愚かな私はそれほどたいしたことでもないのだろうと思って、またしばらく放っておきました。
そして、彼女は娘を連れて姿を消してしまったのです。
まだ生きているなら、きっと苦労していることでしょう。もっと私を頼って相談してくれていたら、あんなことにはさせませんでした。きちんと妻の一人にして、たまに家を訪れて世話をしつづけてやることだってできたはずなのです。
娘もとてもかわいらしい子でした。なんとか探し出そうとしているのですが、いまだに手がかりがありません。先ほどの話で言うなら、あの女性は妻にするには頼りない軽はずみな女だったということになりますね。もう彼女は私を頼りに思っていなかったのに、私はそれに気づかずかわいい恋人だと思いつづけていたのですから、つまらない片思いをしたものです。
最近やっと忘れかけてきましたが、彼女の方はどうでしょう。物寂しい夕暮れ時などには、ときどき私のことを思い出して、自分が軽はずみだったと後悔しているのではないかと想像するのですよ。あの女性は、頼りなくて長く関係を続けられない女性の典型だったのかもしれません。
どの女性にも長所と短所があるのでしょうね。かみつき女は誠実そうな面もあったが、実際に妻にしていたら嫌になることもあったでしょう。風流女は魅力的で心ひかれるが、浮気癖があるのは困る。今話した私の恋人だって、おっとりして安らぐ女性だったが行方をくらませたのは軽はずみだったし、もしかしたらその裏には男がいたのかもしれない。
そんなふうだから、女性たちを比較するのは難しいのです。さまざまな女性のよいところだけを集めた、文句のつけようのない女性などは存在しないのでしょう。こうなったらもう、お寺にある美しい天女の像にでも恋をするしかありませんね」
とおっしゃる。
皆様お笑いになったわ。



