野いちご源氏物語 〇一 桐壺(きりつぼ)

当時の貴族(きぞく)は、夫が妻の実家で暮らすことが一般的だったの。
だから左大臣(さだいじん)様は源氏(げんじ)(きみ)にご自分のお屋敷(やしき)で暮らしていただきたかったでしょうけれど、(みかど)がおそばからお離しにならなかった。
それで、内裏(だいり)に五、六日いらっしゃって、左大臣家(さだいじんけ)に二、三日いらっしゃるというようなお暮らしをされていたわ。

左大臣様は、
「源氏の君はまだ幼くていらっしゃるから、仕方がないだろう」
とお思いになって、大切にお世話しつづけていらっしゃった。
源氏の君のためにも姫君(ひめぎみ)のためにも厳選(げんせん)した女房(にょうぼう)をお仕えさせたり、源氏の君がお好きそうな遊びをご用意したりして、なんとか左大臣家を気に入っていただこうとなさっていたわ。

でも、源氏の君が内裏で過ごされる日が多かったのは、帝のせいだけではないの。
源氏の君のお心は、藤壺(ふじつぼ)女御(にょうご)様のことでいっぱいだったのよ。
「藤壺の女御様は最高の女性だ。ああいう方と結婚したいけれど、似たような人さえいないな。左大臣の姫は大切に育てられたきちんとした人ではあるけれど、夢中になれる人ではない」
とお思いになって苦しんでいらっしゃる。

藤壺の女御様のお部屋へ遊びにいかれても、もう以前のように女御様のすぐ近くにお座りになることはできない。
元服(げんぷく)して大人の男性ということになってしまわれたのだもの。
女御様から遠く離れた、お姿はまったく見えないようなところにお座りになる。
今のお心の支えは、音楽会のとき女御様が(こと)、源氏の君が(ふえ)で合奏なさると、まるでおそばでお話ししているようなご気分になれること。
あとは遠くから聞こえるかすかな女御様のお声。
その二つがあるだけでも、源氏の君にとって内裏は左大臣家よりもずっとお幸せな場所だったのね。

源氏の君は内裏のなかの桐壺(きりつぼ)という建物にお暮らしになっていた。
亡き母君(ははぎみ)である桐壺の更衣(こうい)様がお暮らしになっていた場所ね。
そこで更衣様にお仕えしていたなつかしい女房たちをそのまま仕えさせていらっしゃった。
更衣様のご実家は源氏の君が相続(そうぞく)なさったのだけれど、帝が特別にご命令なさって、改修(かいしゅう)工事が行われている。
もともとお庭にある美しい木々や人工の小さな山はそのままにして、今は池を広げるためににぎやかに工事をしているの。
源氏の君はその様子をご覧になって、
「ここに理想的な女性を住まわせて一緒に暮らしたいなぁ」
とため息をおつきになったわ。

そうそう、先日お話しした「光る君」という源氏の君の呼び名。
あれは誰がおつけしたのかというとね、あのとき源氏の君のご将来を言い当てた人相占(にんそううらな)()がおつけしたそうよ。