神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

「無論。我の眼が事実(こと)を見届けるゆえ、構わぬ」

赦しを得、双真は立ち上がり、袴の腰紐に手をかけた。ゆるめながら、己の心と、向き合う。

(オレは───『人』である前は、『神獣(おおかみ)』だった)

四肢を大地に着け、鼻先を上げ、眼を向けるより早く匂いで周囲の状況を嗅ぎ分け、音を聴き───天と地を知った。

流れる風を感じ、あらゆる生命の気を感じとり、身の内に取り込む。

いつか出逢う、この身を捧げるべき相手を求め、姿を変えただけ。
いまはその者の、願いを叶えるための具現化した存在としてここに在る───。

己の身が空間に溶けて、たゆたうように心もとなく、なにものでもない存在となるような感覚と。
愛しいと想う者が未だ見ぬ、自分本来の姿をその目にさらすという、一抹の不安におびえるように。

その瞬間、双真は(おの)が身をぶるり、と、揺さぶってみせた。
覆いかぶさっていた緋の衣が、背をすべり落ちる。

「かっ……」

すぐ側で、瞳子が息をのむのが解った。のどの奥でうめくように発しかけた言葉。

双真は、瞳子を見た。両手で自らの口もとを覆い、何かをこらえるように双真を見つめてくる。
涙目の美しい容貌(かお)が自分に向けられているのが、妙にくすぐったかった。