神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

ふくふくとした手を、猪子がかざす。目に視えぬ力によって、双真は無理やり、い草の上にひざをつかされた。

棒立ちの瞳子を見やり───否、(まなこ)を伏せたまま、煌がそちらに顔を向けた。

「赤い“花嫁”。なんじは現在(いま)この赤狼の名を口にすることができるな?」
「はい、呼べます」
「うむ。それは(いにしえ)からある“神獣(かみ)”と“花嫁”の誓約のひとつでな。これによって“花嫁”は、神の座にある“神獣”を、己の意のままに従え得る力を持てるようになっておる」
「……はい」

瞳子は、煌のいわんとすることの真意を探るように不可解そうにうなずいた。
それが何なの? という瞳子の心の声が届くようだった。

「我が聞くところによると、この赤狼、人の姿まま、もう何十年も神の姿に戻れぬそうだ」
「はい、それは……私も、聞いております」
「ならば、なんじが真の“花嫁”である証左として、この“神獣(もの)”を本来の姿に戻してみせよ」
「元の……狼の“神獣”にって、ことですか」

ようやく腑に落ちたといった表情になった瞳子の眼が、双真に向けられる。そこに宿るのは、真綿でくるむようないたわりの眼差しだった。

ああ、と、双真は胸中でうめく。

(試されているのは、オレのほうだったのか……)