石段を駆け下りた時太陽は傾き始めて村はオレンジ色に染まっていた。
その景色に足を止めてほうっとため息を吐き出す。

ほんのひとつきほど村から離れていただけなのに、やけに懐かしい気がして胸の奥がジクジクとうずいた。
薫子再びゆっくりと歩き出す。

勢いで飛び出してきたものの、これからどこへ行こうか。
頼る家はもうそれほど残されていない。

生贄になったはずの薫子が戻ってきたとなれば村人たちに余計な混乱を招くことにもなる。
人気のない場所でしばらく逡巡した後、薫子は意を決して歩き出した

なるべく顔を見られないように伏せて小走りで心当たりのある家へと向かう。
そこは田畑がよく見渡せる小さな一軒家だった。

薫子は周囲をうかがってから板戸を叩いた。
家の中から夕飯の準備の香りがしているから、中に家人がいるはずだ。

そう思ってしばらく待っていると、内側から木製の閂を外す音が聞こえてきた。