「何故ここに? 都を出たのではないのですか? 碧雲(へきうん)様」

 扇で顔を隠しながら、小夜が凛とした声で問いかける。
 男――碧雲は取り繕ったような笑みを消し、嘲笑するように鼻を鳴らした。

「都を出たのはあの忌々しい狐が治めている土地だからだ。妖帝には私の方が相応しいというのに」

 故妖碧雲。
 先帝の実子で、弧月が生まれその妖力の強さが知られるまではこの男が今代の妖帝となるはずの東宮であったと聞いた。
 妖狐の弧月が妖帝であることを良く思っていない筆頭で、その座を奪おうと虎視眈々と狙っているのだと。

 碧雲は鬼の証である金の目を細め、淡々と語り出した。

「少しづつ追い詰め確実にあいつの息の根を止めてやろうと思っていたというのに……まさか子を成すとは思わなかった。(つがい)の存在を知らないあいつに子が出来るとは思わなかったからな」

(番? どういうこと?)

「まったく忌々しい。あいつの子であれば次代の妖帝となり得てしまう。このままその腹の子が生まれてしまうのは私としては困るのだ」
「っ!」

 語りながら、目に宿るのは憎しみの感情。
 その視線が膨らんだ腹に向けられ、思わず美鶴は身を縮こませた。

「なに、腹の子さえ死ねばお前まで殺しはしない。今日のうちに弧月にも死んでもらうからな」
「ひっ⁉」
「させませぬ!」

 恐れる美鶴を守る様に小夜が間に入る。
 だが、男の力に敵うはずもなく簡単に押しのけられてしまった。