イノシシが出ないかと心配にもなったが、魔獣姿のルネのおかげか、動物たちは近寄ってこない。

「そう言えば、聖女になったばかりの頃」
《うん?》
「まだ子供だったから、参拝者ともうまく話せなくてね。心細くて、歌わなきゃならない讃美歌が、声が震えてどうしても歌えなかったことがあるの」
《へぇ》

 参拝者たちの責めるような視線。ブランシュは足がすくんで、そこから逃げ出すこともできなかった。

「あの時も、すごく心細かったの。今みたいにルネがいてくれたわけでもないから、本当に怖くて。まだ子供だったしね。でも……」

 ほかの聖女も助けてはくれなかった。だけど、どこからか、音程外れの讃美歌が聞こえてきたのだ。お世辞にも上手とは言えない歌声に、人の意識はそちらに行った。人の視線が離れたことで、ブランシュの気持ちが少し軽くなる。
 次に歌い出した声は、自分が思うよりずっとのびやかだった。

「あの時、私は聖女としてやっていけるかなって少し自信が持てたの」
《ふうん。じゃあ、歌ってみてよ、その讃美歌》
「ルネもよく知っているやつよ」
《それでも聞きたい》

 ルネに請われて、ブランシュは歌い出した。
 この讃美歌が好きだった。あの時の思い出が、歌うたびにブランシュを励ましてくれたから。

 ブランシュの歌声に合わせて、ルネも歌う。魔獣の耳をピクピクさせて。
 その声に、いつの間にかもうひとつの声が重なった。
 音程は外れていて、歌詞を聞かなければ、それが讃美歌だなんてわからない。
 でもこの調子はずれな歌声を、ブランシュは聞いたことがあった。

「あの時の、歌声と同じ」

 聖女になりたてのブランシュを救ってくれた声。
 ブランシュが歌うのを辞めると、その声も止まった。

「主は我らの弱さを知りて哀れむ……」

 声を求めて、ブランシュは再び歌う。
 低い声が、また調子はずれな声を出しながら、近づいて来た。
 男性の人影が確認できるようになる。

「お前はここで待ってろ」
「ええっ、危ないですよ」
「いいから」

 話し声を聞いて、ブランシュは確信した。

(……そうだったの。あの時私を助けてくれたのは)

 目の前の茂みから、オレールが顔を出した。

「……オレール様、だったんですね」

 ブランシュを見つけたオレールの表情が、安堵のものへと変わる。