月花は愛され咲き誇る

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 屋敷の隅にある自室へと香夜は足早に向かう。

 もう昼は過ぎているのだ。
 早く着替えてしまわねば日宮の若君が到着してしまう。

 出迎えは里の者が総出で行うのだと長が張り切って言っていた。
 遅れてしまっては、いつものようにきつい叱責が飛んで来てしまうだろう。

 一応香夜の養父でもあるのだが、長は香夜のことを小間使いとしか思っていないようだった。
 養母も似たようなものだが、長は香夜に「お養父様」と呼ばれるのすら嫌う。

 父と呼んでいいのは彼らの愛娘である三津木(みつき)鈴華(すずか)だけなのだと。
 香夜に対してはあくまで養ってやっているだけといった態度だ。

 故に、長の香夜への態度は基本的には無関心。機嫌が悪い時などは手こそ上げないが、当たり散らすかのように怒鳴られる。
 あの野太い声で怒鳴られると、香夜はいつも身がすくんでしまう。

 だから急がなくては。
 だが、そういうときほど邪魔が入るのだ。

 大きな松の木が立派な庭園を眺められる縁側を小走りで進んでいると、突然壁のようなものにぶつかった。

「ぶっ!」

 それなりに勢いよくぶつかってしまったため、そのまま少し後ろによろける。
 しかも顔面からぶつかったせいで鼻が痛い。