突然、はるか遠くに覚えのない気配を感じた。
 その気配に惹かれるがまま、視線をそちらの方角へやる。するとすぐに大きな足音が聞こえ、障子戸を勢いよく開き父が現れたのだ。
 父も同じ方角を驚愕の表情で見ていることから、あの気配を感じたのだと分かった。

 遠すぎたからなのか、火鬼の中でも感じ取れたのは父と自分だけだったらしい。
 すぐ後に父に月鬼の話を聞かされた。

「月鬼の女は他の鬼と交われば強い鬼を生むと言われている。しかもあの気配……なあ、燦人よ。あれが欲しくはないか?」

 にやりと笑う顔は悪いことを考える大人のものだった。だが、その目には悪戯好きそうな感情も見える。

 燦人は強い鬼がどうとか、そんなものはどうでも良かった。だが、父の言葉に瞬時に頷く。
 あの気配を感じた瞬間に抱いた思い。それがまさに父の言葉通りだったのだから。

「はい、欲しいです」

 そう答えたところまで思い出し、焦がれた気配を探ってみる。
 近くにいる気はするのだ。
 だが、はっきりとした形にならない。

「早く会ってみたいな……」

 焦がれ、求めた気配。
 夜がとても待ち遠しく思えた。