養母の用意してくれた着物は奇跡的に無事だった。
 裾などの端くらいは濡れてしまったかも知れないと思っていただけに、良かったと息をつく。
 しかも着物は養母が自分にと選んだとは思えぬほど上質のものだった。

 白鼠(しろねず)の色無地といった素朴なものだったが、黒地の帯には白い艶やかな花が刺繍されている。
 この八年袖を通したことのない上物に、本当に良いのだろうかと不安がよぎる。
 だが濡れてしまった髪も拭かなければならなかったし、本当に時間がない。
 不安や迷いを押し込めて、とにかく着替えて集合場所へ向かった。


「何をしていたんだ!? お前が最後だぞ!? 私の言葉を家の者が一番に守らなくてどうする!」

 急ぎはしたものの、本当に間際の時刻になってしまった。
 そのため他の里の者達はすでに集合済み。香夜が最後となってしまい、予測していた通り長に怒鳴りつけられるという状況に(おちい)る。
 野太く力強い声に怒鳴られるとそれだけでびくりと肩が震えた。

 周囲の者はまたかと(わずら)わしそうに眉を(ひそ)めるのみ。
 もしくは、鈴華達のようにクスクスと笑いを忍ばせる者だけだった。
 分かっている。
 疎まれている自分の味方は、この里にはいないのだということは。