これまで、TV番組の出演で観客の前に立った事は何度かあった。
けれども、生放送のステージに立つのは初めてであった。

「み……、光……?」

昼前に練習を切り上げた二人は、マネージャーが運転する車に乗って、ステージとなる遊園地にやってきた。
広場に建てられた野外ステージでのリハーサルを終えて、控え室に戻った二人だったが、水月の様子がおかしかった。
タオルを渡した際に触れた手は震えて、顔色も悪くなっていた。

「どこか具合が悪いの?」

パイプ椅子に座って、左右に首を振った水月に、颯真は気づく。

(完全に緊張に負けてるな……)

この状態で水月をステージに出させたら、それこそ普段はやらないようなミスを連発するだろう。
ーー益々、水月は自信を無くすに違いない。

(どうする?)

壁掛け時計を確認すると、オープニングの撮影開始まで、一時間程余裕があった。
少しくらいなら、野外ステージから離れても大丈夫だろう。

(何かあったら、あとで怒られればいいか)

颯真はパイプ椅子から立ち上がると、水月に近づく。

「光、ちょっといい?」
「ソウ?」
「気分転換に外に出ない? 少しだけ」

返事を待たずに、颯真は水月の腕を掴むと、控え室を出る。

「まっ……! ソウ……!?」

すれ違うスタッフたちに「少し外の空気を吸ってきます」と言いつつ、颯真は水月を連れ出す。

「颯真! 光! どうした!?」

出入り口近くで電話をしていたIMの専属マネージャーが、慌てて二人に駆け寄って来る。

「緊張しているので、気分転換に外の空気を吸ってきます」
「本番前だぞ……」
「大丈夫です。すぐに戻って来ます。ところで、観覧車のチケットって持っていませんか?」
「ああ、あるぞ……」

遊園地のオーナーたちの計らいで、颯真たち出演者とその関係者には、遊園地の各アトラクションのチケットを貰っていた。
番組に出ている以上、乗る時間は無いと思っていたが、使う機会に恵まれたようだった。

「光の分と二人分のチケットを貰っていいですか?」
「観覧車に乗るのか?」
「はい」
「わかった。一緒に行って、ファンにバレないようにしよう」
「ありがとうございます」

二人はマネージャーの誘導に従って、野外ステージから離れると、観覧車の乗り場にやってきた。
夕方近くだからか、野外ステージに向かったのか、観覧車に乗る人はまばらであった。
二人は控え室から持ち出したパーカーで顔を隠しつつ、係員の誘導の元、観覧車に乗り込んだのだった。

「いいか。観覧車から降りたら、すぐに野外ステージに戻って、オープニングに出るぞ……」
「大丈夫ですよ。な、光?」

どうやら、マネージャーは颯真たちが本番前にアトラクションで遊ぶと勘違いしているらしい。
颯真は安心させると、水月と向かい合う形で、椅子に座る。
すぐに係員が扉を閉めて、観覧車はゆっくりと上がって行った。

「水月、高いところは平気?」
「うん。観覧車も何度か光と乗った事があるから大丈夫」
「……そっか」

安心したような、物寂しいような気持ちになって、颯真は外の風景を眺めたのだった。

やがて、観覧車の頂点近くに差し掛かる。
窓から夕陽が差し込んできて、水月と颯真の足下を照らし出す。

「そろそろ、見えるかな。水月、野外ステージの方を見て」
「野外ステージ? わぁ……!」

身を乗り出すように、水月は窓にへばりつくと感嘆の声を上げた。
遊園地の入り口から野外ステージまで、道を埋め尽くしそうなくらい、人の列が続いていた。
色とりどりの応援グッズを持って、誰もが開場を待っていたのだった。

「あそこで待っている人の中に、俺たちのファンが居るんだよ。俺たちに会いに、全国各地から来ているんだ」