その日、撮影が終わって帰宅した水月は、颯真を探していた。

「颯真さん」

颯真はベランダにいた。シャワーを浴びたのか、湿った髪が室内からの灯りを反射していた。

「今日はありがとうございました。衣装を変わってくれて」

深々と頭を下げると、覚悟を決めて頭を上げる。

「颯真さん。今まで黙っていてすみませんでした。実は、私は光じゃないんです」

息を飲んだ颯真に水月はこれまでの経緯を説明した。途中、口ごもったところもあったが、颯真は辛抱強く最後まで聞いてくれた。
水月が話し終えると、話を聞き終えた颯真は目を伏せて何かを考え込んでいるようだった。

「そうだったのか……」
「今まで騙していて、すみませんでした。光が戻ってきたら、必ず入れ替わるので……」

すると、颯真は急に肩を震わせたかと思うと、声を上げて笑い出したのだった。

「颯真さん……?」
「いや。ごめんごめん。そんな理由だったとは思ってなくて。君が光じゃないのは、ユニット結成の記者会見の時から、ずっと気づいていたんだけどさ」
「えっ……!? そうだったんですか!?」
「そうだよ。最終オーディションで会った時と身長も声も違うし。でも頑張って光の振りをしていたから、きっと事情があるんだと思って。君が話してくれるのをずっと待っていたんだけど」

どうやら颯真は気づいていて、ずっと黙っていてくれたらしい。それならもっと早く話せば良かった。今まで悩んでいた時間は一体何だったんだろう。
水月は耳まで真っ赤になると俯いたのだった。

「しかし、光も身勝手だよな。妹に押しつけて、どこに行ったんだか」
「光の事を悪く言わないで!」

颯真の言葉に、思わず水月は反論する。

「光がいなくなった理由は知りません、でもきっとあるはずなんです。家族や事務所に迷惑を掛けてでも、皆の前から消えなければならなかった理由が……」

昔から突拍子のないことや悪戯ばかりしていた兄だったが、それでもそこにはいつも何かしらの意味があった。
今回は家族以外に事務所にも迷惑を掛けてしまったが、でも理由もなく光がいなくなる訳がない。
自分の片割れだからというのもあるけれども、同じ時間を過ごした水月には誰よりも光を信じたい想いがあった。

「そうだね。ごめん。勝手な事を言って」
「いえ……」
「ねぇ。本当の名前を教えて。光じゃなくて、君自身の」
「水月。水の月と書いて、水月っていいます」
「水月か。素敵な名前だね」
「そんな事は……!」

恥ずかしくなって俯くと、颯真は笑い出す。

「改めて、これからよろしくね」

ここに来た日と同じように、手が差し出される。

「颯真さん……」
「ソウでいいよ……水月」

今は、光じゃなくて、水月を見ている。
もう、罪悪感は無かった。
差し出された颯真の手を、今度は迷わず取る。

「よろしく……。ソウ君」

颯真は目を見張ると、すぐに細める。

「ソウでいいよ」
「うん。じゃあ、仕事の時はそう呼ぶね」

そっと手を離すと、「あのさ、水月」と颯真は口を開く。

「実は、俺も打ち明けたい事があるんだ」
「ソウ君?」
「洗濯機って、どうやって使うの?」
「はっ……?」

恥ずかしそうに、颯真は続ける。

「洗濯機だけじゃなくて、キッチンもだし、掃除機もだけどさ。実家だと、お手伝いさんがやってくれるから、一人で何も出来なくて……」
「もう……」

それくらいなら、光じゃなくても出来そう。と、水月は心から笑う。
もう、胸は痛まなかった。