アイドルユニット『IM』(イム)
五十鈴芸能プロダクションのオーディションで選ばれた新進気鋭の二人組男子ユニット。
五十鈴芸能プロダクションの社長の甥にして、リーダーの出島《いずしま》颯真。
そして、メンバーの茂庭《もにわ》光。
私ーー茂庭水月(みつき)の双子の兄。

子供の頃から、兄の光は何でも上手だった。
勉強も、運動も、歌も、ダンスも、ピアノも、人付き合いも、何だって水月より上だった。
親も、先生も、同級生も、みんな光ばかりを褒める。
同じ日に生まれたのに、水月とは違って、光は何でも出来た。

そんな光が、自ら五十鈴芸能プロダクションの新人発掘オーディションに応募して、合格したと聞いた時、とうとう光は手が届かないところに行くのだろうと思っていた。
あの日まではーー。

ユニット結成記念の記者会見の前日、光は行方不明になった。
その日の朝、光はいつも通りに家を出た。
けれども、夜になっても、光は自宅に帰って来なかった。
事務所に電話をしても、その日、光は事務所に顔を出していないと言われてしまった。
両親と、水月と、マネージャーや社長といった一部の事務所スタッフと一緒に、光を探した。
けれども、結局、光は見つからなかった。

その日の深夜、謝罪をしに、水月は両親と一緒に事務所に行った。
すっかり疲弊した社長は、「今からオーディションをやり直すには、時間もお金も掛かる」と頭を抱えていた。

「社長、どうしますか? 再オーディションをするにしても、費用が必要です?」
「その前に、明日の記者会見をどうキャンセルしますか?」
マネージャーや社員にも尋ねられて、社長はますます困惑しているようだった。

そんな社長に、とある社員はこう提案していた。

「再オーディションをするなら、費用は茂庭光の家族に負担してもらってはどうでしょうか? そもそも、茂庭光が行方不明になったのが原因でしょう。こっちに一切の責任はありません」

その言葉に、社長は「何を言っているんだ!」と憤慨していた。
けれども、誰もが一度は、そう考えたのだろう。
その証拠に、社員の大半が目を逸らしたのだった。

このまま、明日の記者会見に穴を開けたら、うちで弁償をしなければならない。
両親も泣いてばかりで、まともに話せそうになかった。
水月に出来る事は一つしかなかった。
兄にーー光に成り代わる事だった。

両親は反対したけれども、社長や社員たちは賛成した。
光と水月は性別は違うが、顔立ちや雰囲気はよく似ていた。
ただ、声や身長は違うので、そこは何とかしなければならない。
幸いにも、まだデビュー前で、光と水月の違いを知っているのは、社長とオーディションに携わった一部の社員、スタッフ、そしてーー颯真だけだった。

ユニットを組む事になる颯真は、最終オーディションの時に光と会っているらしい。
最初に颯真に会った時に、「最終オーディションで一緒にペアを組んだ」と、改めて自己紹介をされた。

最終オーディションは、二人でペアを組んでの歌とダンスで審査を行ったーーこの時点で、二人組ユニットとしてデビューするのは、ほぼ決まっていたらしい。
社長によると、ここでの主な審査は、ペアの相性を見ており、どのペアがユニットとして相応しいか見ていたそうだ。
その結果、颯真と光のペアが、デビューをする事になった。

水月が光として、颯真とデビューするのに当たり、颯真の協力は必要不可欠だった。
でも、未だに水月は颯真に打ち明けていなかった。
光としてデビューするにあたって、水月は社長といくつか契約を交わしている。
「一つ、光が行方不明になった話を仕事関係者にしない事」
「二つ、光が戻ってきたら、水月と入れ替わる事」などである。
その中に、颯真に話していけないという契約は存在していなかった。

これらの契約を交わした際に、社長からは「早い内に颯真に打ち明けて、協力を得た方がいい」と言われている。

「颯真が私の身内だから、贔屓目で言っているんじゃない。颯真は信頼に値する人間だ。今回のオーディションだって、自力で合格した。苦労を知ってる人間だ。必ず、水月とーー光の力になってくれるよ」

そう言って、社長は微笑んだのだった。

出島颯真は、二人が所属している五十鈴芸能プロダクションの社長の甥である。
父親が俳優、母親が大手化粧品メーカーの社長、姉が人気スタイリスト。
颯真も元々、子役として芸能界で活躍していた。
けれども高校生の時、学業を理由に、一度、芸能界から引退したらしい。

芸能界に復帰する際、本来なら、父親の兄が経営しているこの事務所に、縁故で入る事も出来た。
けれども、本人は自分の実力で入りたいと言って、オーディションを受けて、事務所に入ったと言われている。

社長や家族を利用すれば、楽して事務所に入れて、仕事もすぐに増えるのに、わざわざ下積みから始めて苦労をする意味が、水月にはわからなかった。
水月が光の身代わりをするように、颯真にも颯真にしかわからない理由があるのだろう。