「水月《みつき》~。今日は遊べる?」
「ごめんね。今日はこれからバイトがあって……」

胸近くまで伸ばしたストレートの黒髪、薄っすら施した化粧。
アクセントに花のワンポイントがデザインされた茶色のカーディガンに、女子らしいクマのぬいぐるみがついたトートバッグ。
水月と呼ばれた女子は、トートバッグを肘にズラすと、両手を合わせて誘ってきた相手に謝る。

「えっ~! 水月ってば、いっつもバイト、バイトじゃん。そんなに高いの? シェアハウスの家賃」
「そんな事は無いんだけどね。ただ、相手に頼ってばかりは良くないと思って」

ここは期末試験が終わったばかりのとある女子大学のキャンパス。
秋めいた昼休みの中庭は試験の解放に包まれた学生と、これから試験なのかコンビニのおにぎり食べながらテキストを読む学生で、空気が分かれていた。

「そうなの?」
「うん。期末試験の間は、勉強を教えてもらったり、家事を代わりにやってもらったりして、たくさん迷惑をかけたから。せめて家賃はしっかり納めたい」
「一緒に住んでいる人は、四学期制の大学に通う男子だっけ。どんな人なの?」
「どんな人って……。優しくて、頼りになって、いい人だよ」

四学期制の大学に通う同居人とは違い、二学期制の大学に通う水月は、年二回の期末試験に半年分の単位全てがかかっている。
この半年間の成果がこの期末試験に出ると思っても過言では無いだろう。

「そんなにいい人なら、やっぱり恋愛相手としてもバッチリじゃない! で、そんな話しは無いの?」

おそらく、この話題が目当てだったのだろう。期待するような相手の眼差しに、水月は「ないない」と否定する。

「そんな事をしたら、お互いに怒られるって」
「怒られるって、誰に?」
「そ、それは……。お互いの両親とか?」
「ふ~ん。そんなに両親が厳しいんだ……。シェアハウスは許すのに」
「そ、そうだね……」

相手がスマートフォンを取り出す姿を見て、そういえば試験中はスマートフォンの電源を切っていたと、水月は思い出す。
スマートフォンの電源を入れると、溜まっていたメールと一緒に、新着のメッセージの通知が画面に表示される。

『いつもの場所で待ってるよ』

「やばっ!」
「ん? なになに、どうしたの?」

画面を覗き込もうとする相手からスマートフォンを隠しながら、水月は「やっぱり、なんでもない!」と返す。

「もう行かなきゃ。また今度誘ってね!」
「あ、うん。じゃあね。試験お疲れ様~」
「お疲れ様~」

ストレートの黒髪を靡かせながら、水月は急ぎ足で学生用ロッカーに向かう。
ロッカーから不釣り合いな黒色のリュックサックを取り出すと、脇目も振らずに正門に向かう。
正門前に立つ警備員に会釈をしながら、正門を出ると、右にずっと歩く。
すると、大学が所有している送迎用駐車場が見えてくる。
何台もの車が停まる小さな駐車場の中に入ると、運転席にサングラス姿の男子が座る目的の車を見つける。
初心者マークをつけた黒塗りの車に近くと、運転席でスマートフォンをいじっていたサングラス姿の男子も気づく。
後部座席のロックを解除すると、水月は中に滑り込むように乗ったのだった。

「遅くなってごめんね」
「大丈夫。さっき着いたばかりだから。で。試験お疲れ様。今日で最後だったよね?」
「うん。それより、いつも迎えに来なくていいのに。事務所で落ち合えばいいんじゃない?」
「ドライブもしたかったからついでだよ」
「それでも……。ソウ君の大学なら、ここに迎えに来るより、直接事務所に行った方が近いでしょ? この大学の間くらいに建っているし」

水月が通う大学は県北、ソウこと颯真《そうま》が通う大学は県南よりにあった。
対して、二人が所属する事務所は県の中心部にある。
水月が通う大学よりも、颯真が通う大学の方が交通が不便な事と、颯真の大学自体が車通学を許可しているので、颯真は大学入学と同時に自動車学校に通い始め、ようやく運転免許証を取得したのだった。

「そうかもしれないけどさ。でも、親父から貰った車がもったいないだろう。大学と事務所と自宅の往復だけだと」

事務所との約束で、颯真が車を使っていいのは学校と事務所と自宅の往復だけ。
新進気鋭の若手アイドルが、交通事故を起こさない為の事務所からの指示であった。

「でも、事務所の指示には従わないと……」
「はいはい、と」

颯真は左右を確認してからゆっくりと車を出す。
大学前の大きな道路に出て、しばらくすると「もういいんじゃない」と声を掛けてくる。

「そうだね」

水月は手を伸ばすと、髪を引っ張る。
すると、胸近くまである黒髪がズレて、下から同じ色の短髪が出てきたのだった。

「いつも思ってたけど、夏場は大変じゃなかった?」
「大変だったよ。ウィッグの中が蒸せて暑いし、汗を掻いて痒かったし」
「大変だね。光の振りをするのも」

信号で止まると、サングラスを外しながら後ろを向く。

「そうじゃなきゃ、もう少し女の子らしい服装や化粧も出来るのに」
「そうだね……って、それより前を向いてよ。ソウ君」
「はいはい」