「ねぇ。聴いた? IM(イム)の曲」
「聴いた聴いた! デビュー曲なのに、完成度高すぎでしょ!」
「CDどこで買おう? 店舗によって、颯真(そうま)君か、(ひかる)君か、ジャケットが分かれるんだよね~」

信号待ちをしていると、そんな話をしながら女の子達が車の脇を歩いて行く。

「すっかり、話題になってるね」

クスクスと笑いながら、隣の席の男子が声を掛けてくる。

「……そうですね」

開け放たれた窓から外を眺めながら、適当に返す。
そんな二人の会話を聞いていた運転席から、男性の大きな溜め息が聞こえてきたのだった。

「光。これから颯真と一緒に暮らすんだから、そんな態度を取るもんじゃ……」
「気にしないで下さい。俺は気にしていません」
「でもな……」

休日にも関わらず、しっかりスーツを着こなしたマネージャーは、困惑しているようだった。

「いいんです。これから仲良くなれば。なっ、光?」
「はい……」

そうして話している間に、信号は青に変わった。再び、車は走り出したのだった。

やがて、車はとある高級タワーマンションの前で停まった。

「ここが、これからお前たちが住む事になるマンションだ」
「大きいですね。これも、伯父が?」
「ああ。セキュリティは万全、管理人も信用がおける。なんせ、五十鈴(いすず)芸能プロダクションの関係者が、居住者の大半を占めるからな」

「鍵をもらってくる」と言うと、マネージャーは運転席から降りて、管理人室へと走って行く。
先に車から降りた颯真に続いて、光も車から降りようとするが、長時間座っていたからか、足がもつれて転びそうになる。
そこをすかさず、颯真が腕を掴んで支えてくれたのだった。

「大丈夫?」
「……ありがとうございます」

颯真の腕を振り解くと、光は車のドアをバンと強く閉める。
何か言いたげな顔で、颯真が口を開いた時。

「お~い! 鍵をもらってきたぞ~!」

マネージャーが鍵を持って戻って来たのだった。
光がマネージャーの元に向かおうとすると、「待って」と、颯真に呼び止められる。

「これからよろしくね。光」

片手を差し出してきた颯真の手を見つめて、しばし悩むと、光は恐る恐る自らの手を差し出す。

「よろしくお願いします」

そうして、軽く手を握り返すと、すぐに手を引っ込めた。
そうしないと、手の震えが知られてしまうと思ったからだった。

「二人の部屋は三十階だ。荷物は既に引っ越し業者が運んでいるそうだ」

マネージャーは先に二人をエレベーターに乗せると、辺りに注意を払ってから最後に乗り込む。
三十階のボタンを押すと、すぐにエレベーターは上っていく。

「綺麗なマンションですね」
「そんなに築年数が経ってないからな。そういえば、颯真の実家から家電が届いていたな。後で確認してくれ」
「家電? どうせ、姉貴の仕業だろう……」

エレベーターの隅っこに立って、肩に掛けた鞄の紐をギュッと握りしめていると、颯真が顔を覗き込んでくる。

「光?」
「すみません。あまりに綺麗なマンションで、自分には合わない気がしてしまって……」

顔を覗き込んでくる颯真から仰け反りながら答えると、「なんだ、そんな事」と笑い飛ばされたのだった。

「気にしなくていいよ。これから俺たちは、ここに住むのに相応しいユニットになるんだから」
「はい……」

エレベーターが三十階に着くと、颯真に続いて、光も降りたのだった。

鍵を開けてくれたマネージャーに続いて、颯真、光の順に部屋に入る。
部屋は、二人で住むには広すぎるくらいの大きさがあった。
リビングルームには、高級そうなソファーセットや、大きなテレビが置かれていた。

「リビング以外にも、キッチンやバス、トイレは共同。部屋は一人一部屋あるぞ。玄関から見て、手前が颯真、奥が光だ」

荷物を確認して欲しいと言われて、そそくさと自室となる部屋に入る。

一人部屋にしては充分な広さを持つ部屋の中には、既に実家から送った荷物が運び込まれていた。
光は肩から下げていた鞄を床の上に置くと、鞄のファスナーを開ける。
鞄の中に手を入れた時、突然、扉が開けられたのだった。

「光。マネージャーさんが、夕食はどうするだって。伯父さ……社長が引っ越し祝いをくれたらしいんだ。これで好きな物を食べてって」

ノックも無く部屋の扉を開けた颯真は、微動だにしない光を見ると、首を傾げたのだった。

「どうしたの? そんなに固まって」
「ノック……しないで、入ってきて……」
「あ、ああ! ごめんごめん! つい実家に住んでいた時の癖で」

あはははと、笑う颯真に光も苦笑すると、「でもさ」と颯真は話し出す。

「俺たちは男同士(・・・)だし、そこまで気を使わなくてもいいんじゃない? 見られて困るものがある訳でもないだろう」
「でも……」

どう答えようか悩んでいると、颯真は「ごめん」と謝ってきたのだった。

「まだ出会ったばかりだし、お互いにまだ気を遣うべきだよね」
「そんな事は……」
「次からは気をつけるから。あっ、夕食は何が食べたいか、考えておいてね」

また後で、と言うと、颯真は部屋を出て行った。

光は俯くと、掌を強く握りしめる。

「そんなつもりじゃないのに……」

颯真と話す度に、息が出来ないくらい、辛く、苦しい気持ちになる。
伝えたくても、上手く伝えられない自分がもどかしい。
いや、伝えたくても、伝えられない。
こんな自分に優しくしてくれる颯真を、傷つけたくないから。

光は溜め息を吐くと、机の上に置いたままになっていた鞄からピンク色のショップ袋を取り出す。
これだけは、荷物に入れられなかった。
もし間違えて、颯真が見てしまったらと考えると、自分で運んだ方がいいと思ったからだった。

光は机に鍵付きの引き出しを見つけると、袋の中身を開ける。
中からは、色とりどりの女性物の下着や女性用品が出てくる。
光は引き出しの中で、用途毎に使いやすいように下着や女性用品を並び替えると、ふと呟く。

「ねぇ。どこにいるの? 光……」

早く帰ってきて。私と入れ替わってよ。
そうしないと、ますます罪悪感で胸が苦しくなる。
光は引き出しを閉めると、鍵を掛けたのだった。