第七章 春節のプレゼント
天気……今日は午後になると、午前よりも寒くなった。風はなかったし、雪も降らなかったが、ぼくの感覚では気温は○度以下まで下がっているように思われた。町のなかを歩いていると、かちかちに凍った氷の上にいるようで、冷たくて手足に感覚がなかった。
ぼくは、馬小跳にせかせかとエレベーターに乗せられたので、ベランダに隠れていた万年亀にいとまごいをする間がなかった。でも万年亀が馬小跳のうちのベランダに来ていることが分かったので、ぼくはいつでも万年亀に会いに行ける。いちばんよいのは、夜中に行くことだ。馬小跳の家族がぐっすり寝込んで白河夜船をこいでいるときに行ったら、万年亀と小声で話をすることもできる。そう思って、万年亀と話すのは次回の楽しみにすることにした。
エレベーターを降りると、ぼくは猫の子一匹いない、おうむ横町へ出て、町のなかを歩き始めた。通りはがらんとしていたが、通りの両側にあるアパートやマンションの窓から人が顔を出して、ぼくを見て、くすくす笑ったり、ぼくに向かって親指を立てて感心していた。子どもといっしょに、ぼくを見ていた女の人が
「ほら、見て。猫もマスクをしているでしょう。あなたも見習いなさいよ」
と、諭しているのが、ぼくの耳に入った。
馬小跳のお母さんや、馬小跳が言った『歩く広告塔』の意味が、ぼくには、今ようやく分かった。ぼくにマスクをさせることを思いついた馬小跳のお父さんの発想の素晴らしさや、馬小跳がいつもと違って、せかせかと、ぼくを外に出したわけも分かった。
翠湖公園に帰ってくると、ぼくは老いらくさんに会うために梅園まで一目散にかけていった。老いらくさんが夢のなかで思っていた通りに、万年亀は近くまで来ていて、今、馬小跳のうちにいることを一刻も早く伝えなければと思ったからだ。
老いらくさんに会うと、ぼくを異様な目で、じろじろと見ていた。マスクをしている、ぼくの姿がよほど奇異に見えたのだろうか。
「笑い猫、そのなりは何だ」
老いらくさんが、けげんそうな顔で聞いた。
(ああ、これが『視覚に訴える効果』か)
ぼくはそう思った。
(人がマスクをしているのを見ても、老いらくさんは何とも思わなかっただろうけど、ぼくがマスクをしていたから目立って、インパクトがあったのだろう)
馬小跳のお母さんが言った言葉の意味が今、はっきりと分かった。
ぼくは老いらくさんに、万年亀は今、馬小跳のうちのベランダに隠れていることを話した。
「そうか。彼がどこから来たか、お前に話してくれたか」
老いらくさんが、そう聞いた。老いらくさんが、今、最も会いたいと思っているのは万年亀なので、万年亀の話を、ぼくが持ち出すと、老いらくさんは、身を乗り出してきた。マスクのことを話さなければと、ぼくは思っていたが、それよりも何よりも、老いらくさんは万年亀のことについて先に聞きたいようだった。
「彼は疫病が発生したことを知っていたか」
老いらくさんが聞いた。ぼくは首を横に振ってから
「ぼくはただ、ちょっとあいさつをしただけだったし、彼とそのことを話す機会が全然なかった」
と、答えた。
「彼が馬小跳のうちのベランダに隠れていることを、馬小跳の家族に知られたら、まずいことになる。分かるでしょう」
ぼくがそう言うと、老いらくさんはうなずいた。
「ベランダの植木鉢の下に隠れていた万年亀を、ぼくが見つけたとき、馬小跳の家族はちょうどダイニングルームでご飯を食べていた。ぼくはまず馬小跳の家族に新年のあいさつをしなければと思ったので、ぼくもダイニングルームに入っていった。帰るときに万年亀とおしゃべりをしようと思っていたけど、馬小跳のお父さんが、ぼくに赤い祝儀袋をくれて、それから……」
ぼくは、あのときの状況を思い出しながら話した。
「ほう、そうか。祝儀袋をもらったのか。なかには何が入っていたのか」
老いらくさんが興味深そうに、目をきらきらさせていた。
「マスクです。このマスク」
ぼくがそう答えると、老いらくさんは
「なるほど、そういうわけだったのか」
と答えて、納得顔をしていた。
「今年の春節のプレゼントには、マスクがいちばん人気があるそうです」
ぼくはそう説明した。
「そうか、確かに理にかなっているな」
老いらくさんが、そう言った。老いらくさんは、ものに託して、自分の考えを述べることに、たけている。
「何といっても、いちばん大切なものは命だからな。ウイルスが襲いかかってきている今、マスクは命を守るための効果てきめんな武器となりうる」
老いらくさんの話に、ぼくはうなずいた。
「馬小跳のお父さんが、お前にくれた春節のプレゼントは、わしがお前にあげた春節のプレゼントと同じように、どちらも大切にしなければならない。マスクはお守りに相当する」
老いらくさんは、たんたんと、自分の考えを述べた。
老いらくさんの話が終わったあと、ぼくは次のように言った。
「馬小跳のお母さんが、ぼくにマスクをしながら、『視覚に訴える効果』とか『歩く広告塔』とか言ったけど、ぼくにはそのとき、意味がよく分からなかった。馬小跳には意味が分かったらしくて、そのあとすぐに、ぼくを抱えてエレベーターに乗せてくれた。そのため万年亀と話す機会を逸してしまった」
「そうか。そうだったか」
老いらくさんがうなずいていた。
「『視覚に訴える効果』や『歩く広告塔』って、どんな意味だか分かりますか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「さあ、わしにはよく分からん」
老いらくさんが首を横に振った。ぼくは次のように説明した。
「ぼくがマスクをして、おうむ横町を歩いていたら、たちまち、ざわめきたった。みんな家のなかから外に出ることができないので、みんな家の窓から、ぼくを見て、ぼくに向かって親指を立てて、(感心な猫)といった目で、見ていた。ぼくはとても光栄に思ったし、子どもたちの手本にもなった。お母さんが子どもたちに『外に出るときは、あの猫のように、ちゃんとマスクをしなければだめよ』と、教えているのも聞こえてきた」
ぼくがそう言うと、老いらくさんが
「笑い猫、お前は人類に貢献しているんだな」
と言った。
「人類に貢献しているかどうかは分かりませんが、『視覚に訴える
効果』とか『歩く広告塔』というのは、そういうことじゃないか
なと、ぼくは思っているんです」
「なるほど、そうかもしれないな」
老いらくさんが、ぼくの考えに同意した。
それからまもなく老いらくさんは、昔のことに思いをはせていた。
「もしあの頃も、今と同じように、マスクをしなければという意識があったら、疫病であんなにたくさんの人が亡くなるような悲劇にはならなかっただろうなあ」
「それはいつのことですか」
ぼくは聞き返した。老いらくさんがこれまでに経験した疫病の話を聞きたいと、ぼくはずっと思っていた。でも老いらくさんはいつも途中で話題をそらす。今日もまたそうだった。
「わしもマスクをしようと思うので、ちょっと待ってくれないか」
老いらくさんはそう言って、疫病の話を途中で打ち切った。
老いらくさんは命の次に大切な宝箱を持っていて、そのなかには貴重品が、いろいろと入れてある。老いらくさんは、その宝箱のなかに頭を突っ込んで、ごちゃごちゃと、かき混ぜてから、マスクを取り出してきた。まさか老いらくさんがマスクを持っているとは思ってもいなかった。ぼくはびっくりした。
「これは、もともとは首にかけるナプキンとして作ったものだ」
老いらくさんが、そう説明した。
老いらくさんが食べるものの多くは、ゴミ箱のなかから、あさり出してきたものだ。しかし食べるときはいつも『ご馳走をいただく』という気持ちで食べているので、テーブルマナーを重んじる。スケートボードを食卓代わりにして、その上に格子模様のテーブルクロスを広げて、ナプキンをして『いただきます』と言ってから食べている。その礼儀正しさを、ぼくも見習わなければと思っている。
老いらくさんがナプキンをマスク代わりして顔にかけると、顔からは目だけが出る。体が丸っこいので、老いらくさんがネズミだとはまったく分からなくなる。
「不格好ですけど、ネズミには見えませんよ」
ぼくがそう言うと、老いらくさんは喜々としていた。
「そうか。わしがネズミだとは分からなくなるか。そうだとすれば、わしは胸を張って堂々と、お前と対等になったと言ってもいいんだな」
ネズミにとって猫は天敵なので、ネズミが猫に出会ったら、逃げるか、やられるかしかない。気持ちが通じ合うようなことは、まったくない。ぼくと老いらくさんは、大っぴらには言えない『隠れ友』ではあるものの、老いらくさんの心のなかでは、これまでずっと、もどかしい思いがあったのだろう。
「わしがお前といっしょにマスクをして町を歩いたら、もっとセンセーションを巻き起こして、宣伝効果がさらに一段と高まるんじゃないかな」
老いらくさんが、そう言った。
老いらくさんは年は取っているものの、空気を読むことに、たけているので、世間に何が受けるかをよく知っている。年のわりには生き生きとしていて活力にあふれているので、老いらくさんがマスク着用の宣伝活動に参加してくれたら、確かにインパクトがもっと大きくなっていいと思うので、老いらくさんがぼくといっしょにキャンペーン活動をすることに、ぼくは喜んで賛成した。
ぼくと老いらくさんは、人がたくさん住んでいる住宅区を、ひたすら選んで歩いていった。ぼくと老いらくさんが行くところ、どこでも大きなセンセーションが巻き起こった。ぼくと老いらくさんの姿が見えると、みんな窓から顔を出して、ぼくと老いらくさんに向かって手を振ったり、親指を立てて、(たいしたものだ)といった顔をして見ていた。ぼくはとてもうれしくなったので、にっこり微笑んでお返しをしたいという気持ちが、心のなかでとても強くなった。でもマスクをしているので、微笑んでいる口元を見せることができなかった。ぼくは何度も何度も、頭を下げて、人々に感謝の気持ちを伝えた。みんな、いとおしくてたまらない人たちだ。みんな家のなかに、じっと閉じこもっていて、人との接触をなるべく避けて、人に迷惑をかけないようにしている。そうすることで『新型コロナウイルス』との戦いに打ち勝って社会に貢献しようとしている。
老いらくさんは、これまでの大半を『町ねずみ』として生きてきたので、人々に嫌がられる存在だった。でも今は大手を振って通りを歩いていた。口にマスクをして、体はテニスボールのように丸くなっていて、ネズミには見えなかったので、衆人環視のなかでも、びくびくするところは少しもなくて、堂々と、胸を張って闊歩(かっぽ)していた。
「猫の近くにいる、あのマスクをした動物は何かなあ……」
「ころころと太った子犬じゃないかしら」
「いや、あれは子ウサギだわ、きっと」
「いや、私には動物じゃなくて、猫のおもちゃのように見えるわ」
窓から顔を出している人たちが、老いらくさんのことを、いろいろと推測していた。
老いらくさんがネズミであるとは、誰も思っていないようだった。そのことを感じて、老いらくさんは、喜びの極みに達して、有頂天になっていた。身にやましいところがなくて、こんなに堂々と歩けることは、老いらくさんにとって、めったにないことなので、老いらくさんは、うれしさのあまり、跳んだりはねたりしていた。目をきょろきょろさせて周囲を楽しそうに見回したり、偉くなったように思えて、マスク姿をひけらかしたりもしていた。
「外に出るときは、みなさん、必ずマスクをしてくださいね」
ぼくと老いらくさんは、歩く姿を通して、そのことを町の人たちに訴えていた。馬小跳のお母さんが話していた『視覚に訴える効果』や『歩く広告塔』を実践している喜びに、ぼくは浸っていた。
天気……今日は午後になると、午前よりも寒くなった。風はなかったし、雪も降らなかったが、ぼくの感覚では気温は○度以下まで下がっているように思われた。町のなかを歩いていると、かちかちに凍った氷の上にいるようで、冷たくて手足に感覚がなかった。
ぼくは、馬小跳にせかせかとエレベーターに乗せられたので、ベランダに隠れていた万年亀にいとまごいをする間がなかった。でも万年亀が馬小跳のうちのベランダに来ていることが分かったので、ぼくはいつでも万年亀に会いに行ける。いちばんよいのは、夜中に行くことだ。馬小跳の家族がぐっすり寝込んで白河夜船をこいでいるときに行ったら、万年亀と小声で話をすることもできる。そう思って、万年亀と話すのは次回の楽しみにすることにした。
エレベーターを降りると、ぼくは猫の子一匹いない、おうむ横町へ出て、町のなかを歩き始めた。通りはがらんとしていたが、通りの両側にあるアパートやマンションの窓から人が顔を出して、ぼくを見て、くすくす笑ったり、ぼくに向かって親指を立てて感心していた。子どもといっしょに、ぼくを見ていた女の人が
「ほら、見て。猫もマスクをしているでしょう。あなたも見習いなさいよ」
と、諭しているのが、ぼくの耳に入った。
馬小跳のお母さんや、馬小跳が言った『歩く広告塔』の意味が、ぼくには、今ようやく分かった。ぼくにマスクをさせることを思いついた馬小跳のお父さんの発想の素晴らしさや、馬小跳がいつもと違って、せかせかと、ぼくを外に出したわけも分かった。
翠湖公園に帰ってくると、ぼくは老いらくさんに会うために梅園まで一目散にかけていった。老いらくさんが夢のなかで思っていた通りに、万年亀は近くまで来ていて、今、馬小跳のうちにいることを一刻も早く伝えなければと思ったからだ。
老いらくさんに会うと、ぼくを異様な目で、じろじろと見ていた。マスクをしている、ぼくの姿がよほど奇異に見えたのだろうか。
「笑い猫、そのなりは何だ」
老いらくさんが、けげんそうな顔で聞いた。
(ああ、これが『視覚に訴える効果』か)
ぼくはそう思った。
(人がマスクをしているのを見ても、老いらくさんは何とも思わなかっただろうけど、ぼくがマスクをしていたから目立って、インパクトがあったのだろう)
馬小跳のお母さんが言った言葉の意味が今、はっきりと分かった。
ぼくは老いらくさんに、万年亀は今、馬小跳のうちのベランダに隠れていることを話した。
「そうか。彼がどこから来たか、お前に話してくれたか」
老いらくさんが、そう聞いた。老いらくさんが、今、最も会いたいと思っているのは万年亀なので、万年亀の話を、ぼくが持ち出すと、老いらくさんは、身を乗り出してきた。マスクのことを話さなければと、ぼくは思っていたが、それよりも何よりも、老いらくさんは万年亀のことについて先に聞きたいようだった。
「彼は疫病が発生したことを知っていたか」
老いらくさんが聞いた。ぼくは首を横に振ってから
「ぼくはただ、ちょっとあいさつをしただけだったし、彼とそのことを話す機会が全然なかった」
と、答えた。
「彼が馬小跳のうちのベランダに隠れていることを、馬小跳の家族に知られたら、まずいことになる。分かるでしょう」
ぼくがそう言うと、老いらくさんはうなずいた。
「ベランダの植木鉢の下に隠れていた万年亀を、ぼくが見つけたとき、馬小跳の家族はちょうどダイニングルームでご飯を食べていた。ぼくはまず馬小跳の家族に新年のあいさつをしなければと思ったので、ぼくもダイニングルームに入っていった。帰るときに万年亀とおしゃべりをしようと思っていたけど、馬小跳のお父さんが、ぼくに赤い祝儀袋をくれて、それから……」
ぼくは、あのときの状況を思い出しながら話した。
「ほう、そうか。祝儀袋をもらったのか。なかには何が入っていたのか」
老いらくさんが興味深そうに、目をきらきらさせていた。
「マスクです。このマスク」
ぼくがそう答えると、老いらくさんは
「なるほど、そういうわけだったのか」
と答えて、納得顔をしていた。
「今年の春節のプレゼントには、マスクがいちばん人気があるそうです」
ぼくはそう説明した。
「そうか、確かに理にかなっているな」
老いらくさんが、そう言った。老いらくさんは、ものに託して、自分の考えを述べることに、たけている。
「何といっても、いちばん大切なものは命だからな。ウイルスが襲いかかってきている今、マスクは命を守るための効果てきめんな武器となりうる」
老いらくさんの話に、ぼくはうなずいた。
「馬小跳のお父さんが、お前にくれた春節のプレゼントは、わしがお前にあげた春節のプレゼントと同じように、どちらも大切にしなければならない。マスクはお守りに相当する」
老いらくさんは、たんたんと、自分の考えを述べた。
老いらくさんの話が終わったあと、ぼくは次のように言った。
「馬小跳のお母さんが、ぼくにマスクをしながら、『視覚に訴える効果』とか『歩く広告塔』とか言ったけど、ぼくにはそのとき、意味がよく分からなかった。馬小跳には意味が分かったらしくて、そのあとすぐに、ぼくを抱えてエレベーターに乗せてくれた。そのため万年亀と話す機会を逸してしまった」
「そうか。そうだったか」
老いらくさんがうなずいていた。
「『視覚に訴える効果』や『歩く広告塔』って、どんな意味だか分かりますか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「さあ、わしにはよく分からん」
老いらくさんが首を横に振った。ぼくは次のように説明した。
「ぼくがマスクをして、おうむ横町を歩いていたら、たちまち、ざわめきたった。みんな家のなかから外に出ることができないので、みんな家の窓から、ぼくを見て、ぼくに向かって親指を立てて、(感心な猫)といった目で、見ていた。ぼくはとても光栄に思ったし、子どもたちの手本にもなった。お母さんが子どもたちに『外に出るときは、あの猫のように、ちゃんとマスクをしなければだめよ』と、教えているのも聞こえてきた」
ぼくがそう言うと、老いらくさんが
「笑い猫、お前は人類に貢献しているんだな」
と言った。
「人類に貢献しているかどうかは分かりませんが、『視覚に訴える
効果』とか『歩く広告塔』というのは、そういうことじゃないか
なと、ぼくは思っているんです」
「なるほど、そうかもしれないな」
老いらくさんが、ぼくの考えに同意した。
それからまもなく老いらくさんは、昔のことに思いをはせていた。
「もしあの頃も、今と同じように、マスクをしなければという意識があったら、疫病であんなにたくさんの人が亡くなるような悲劇にはならなかっただろうなあ」
「それはいつのことですか」
ぼくは聞き返した。老いらくさんがこれまでに経験した疫病の話を聞きたいと、ぼくはずっと思っていた。でも老いらくさんはいつも途中で話題をそらす。今日もまたそうだった。
「わしもマスクをしようと思うので、ちょっと待ってくれないか」
老いらくさんはそう言って、疫病の話を途中で打ち切った。
老いらくさんは命の次に大切な宝箱を持っていて、そのなかには貴重品が、いろいろと入れてある。老いらくさんは、その宝箱のなかに頭を突っ込んで、ごちゃごちゃと、かき混ぜてから、マスクを取り出してきた。まさか老いらくさんがマスクを持っているとは思ってもいなかった。ぼくはびっくりした。
「これは、もともとは首にかけるナプキンとして作ったものだ」
老いらくさんが、そう説明した。
老いらくさんが食べるものの多くは、ゴミ箱のなかから、あさり出してきたものだ。しかし食べるときはいつも『ご馳走をいただく』という気持ちで食べているので、テーブルマナーを重んじる。スケートボードを食卓代わりにして、その上に格子模様のテーブルクロスを広げて、ナプキンをして『いただきます』と言ってから食べている。その礼儀正しさを、ぼくも見習わなければと思っている。
老いらくさんがナプキンをマスク代わりして顔にかけると、顔からは目だけが出る。体が丸っこいので、老いらくさんがネズミだとはまったく分からなくなる。
「不格好ですけど、ネズミには見えませんよ」
ぼくがそう言うと、老いらくさんは喜々としていた。
「そうか。わしがネズミだとは分からなくなるか。そうだとすれば、わしは胸を張って堂々と、お前と対等になったと言ってもいいんだな」
ネズミにとって猫は天敵なので、ネズミが猫に出会ったら、逃げるか、やられるかしかない。気持ちが通じ合うようなことは、まったくない。ぼくと老いらくさんは、大っぴらには言えない『隠れ友』ではあるものの、老いらくさんの心のなかでは、これまでずっと、もどかしい思いがあったのだろう。
「わしがお前といっしょにマスクをして町を歩いたら、もっとセンセーションを巻き起こして、宣伝効果がさらに一段と高まるんじゃないかな」
老いらくさんが、そう言った。
老いらくさんは年は取っているものの、空気を読むことに、たけているので、世間に何が受けるかをよく知っている。年のわりには生き生きとしていて活力にあふれているので、老いらくさんがマスク着用の宣伝活動に参加してくれたら、確かにインパクトがもっと大きくなっていいと思うので、老いらくさんがぼくといっしょにキャンペーン活動をすることに、ぼくは喜んで賛成した。
ぼくと老いらくさんは、人がたくさん住んでいる住宅区を、ひたすら選んで歩いていった。ぼくと老いらくさんが行くところ、どこでも大きなセンセーションが巻き起こった。ぼくと老いらくさんの姿が見えると、みんな窓から顔を出して、ぼくと老いらくさんに向かって手を振ったり、親指を立てて、(たいしたものだ)といった顔をして見ていた。ぼくはとてもうれしくなったので、にっこり微笑んでお返しをしたいという気持ちが、心のなかでとても強くなった。でもマスクをしているので、微笑んでいる口元を見せることができなかった。ぼくは何度も何度も、頭を下げて、人々に感謝の気持ちを伝えた。みんな、いとおしくてたまらない人たちだ。みんな家のなかに、じっと閉じこもっていて、人との接触をなるべく避けて、人に迷惑をかけないようにしている。そうすることで『新型コロナウイルス』との戦いに打ち勝って社会に貢献しようとしている。
老いらくさんは、これまでの大半を『町ねずみ』として生きてきたので、人々に嫌がられる存在だった。でも今は大手を振って通りを歩いていた。口にマスクをして、体はテニスボールのように丸くなっていて、ネズミには見えなかったので、衆人環視のなかでも、びくびくするところは少しもなくて、堂々と、胸を張って闊歩(かっぽ)していた。
「猫の近くにいる、あのマスクをした動物は何かなあ……」
「ころころと太った子犬じゃないかしら」
「いや、あれは子ウサギだわ、きっと」
「いや、私には動物じゃなくて、猫のおもちゃのように見えるわ」
窓から顔を出している人たちが、老いらくさんのことを、いろいろと推測していた。
老いらくさんがネズミであるとは、誰も思っていないようだった。そのことを感じて、老いらくさんは、喜びの極みに達して、有頂天になっていた。身にやましいところがなくて、こんなに堂々と歩けることは、老いらくさんにとって、めったにないことなので、老いらくさんは、うれしさのあまり、跳んだりはねたりしていた。目をきょろきょろさせて周囲を楽しそうに見回したり、偉くなったように思えて、マスク姿をひけらかしたりもしていた。
「外に出るときは、みなさん、必ずマスクをしてくださいね」
ぼくと老いらくさんは、歩く姿を通して、そのことを町の人たちに訴えていた。馬小跳のお母さんが話していた『視覚に訴える効果』や『歩く広告塔』を実践している喜びに、ぼくは浸っていた。

