マスクをした猫

第十九章 真相の判明

天気……清明節になった。毎年、この日は天気があまりよくないことが多い。細かな雨粒が、そよ吹く風のなかに、ぽつぽつと混じっていて、亡くなった人を悼む涙のように降る。今年の清明節も、鎮魂の思いを抱かせるように、雨混じりの天気だ。鳴り響くサイレンの音や、低い鐘の音も今年は例年以上に切々と心に伝わってきて、疫病で亡くなった人への沈痛な思いで胸がいっぱいになり、胸のなかがつぶれるほどになった。誰もが自然と黙祷(もくとう)をして、亡くなった人へ哀悼の気持ちを捧げたくなる。

今日は清明節だ。この日は、みんな粛々として、亡くなった人を追憶する。亡くなった人へ深い哀悼の意を表しながら、厳かな気持ちで過ごす。今年も、これまでの清明節と同じように、細かな雨粒が、そよ吹く風のなかに、ぽつぽつと混じっている。雨でみずみずしくなった花が清らかな姿であちこちに咲いている。
ぼくが妻猫といっしょに朝食をすませてから、うちのなかでしばらく話をしていると、午前十時になった。するとそのとき、けたたましいサイレンの音がなり、それに呼応するかのように、寺院から低い鐘の音も鳴り響いてきた。音を聞いて、妻猫がびっくりして、ぼくに思わず抱きついてきた。
「お父さん、何か起きたの。怖い……」
妻猫の顔から血の気が引いていた。
「ちょっと見てくるから、ここでしばらくじっとしていて」
ぼくはそう言って、興奮している妻猫の気持ちをなだめた。
それからまもなく、ぼくは、急いでうちを出て、外の様子を見に行った。湖畔を散策していた人たちはみな、その場に立ち止まって、頭をさげて黙祷(もくとう)していた。
翠湖公園の出入り口のところで、ぼくは老いらくさんと出会った。
「笑い猫、いったい何があったのだ」
老いらくさんが聞いた。けたたましいサイレンの音や、お腹にずんと響くような寺院の鐘の音を聞いて、老いらくさんも、びっくりしていた。
ぼくと老いらくさんは、町の様子を知るために、翠湖公園から外へ出て、勢いよく、かけていった。ビルの上に立てられていた国旗はすべて下ろされて、哀悼の意を表す半旗が掲げられていた。路上の車はすべて止まっていて、クラクションを長く鳴らしていた。サイレンの音や、寺院の鐘の音も途絶えることなく、延々と鳴り響いていた。道行く人もみな、その場に立ち止まって、頭をさげて黙祷(もくとう)していた。清明節の一斉黙祷(いっせいもくとう)だと、ぼくも老いらくさんも分かった。
「ぼくたちも黙祷(もくとう)しようよ」
老いらくさんがそう言った。ぼくはうなずいた。
ぼくと老いらくさんは、人々にならって、その場に立ち止まって、深々と頭をさげて黙祷(もくとう)した。
(今回の疫病で亡くなられた人たちや、医療スタッフの方々の御霊が安らかでありますように)
ぼくは心のなかで、そうつぶやいた。
ぼくと老いらくさんは三分間、黙祷(もくとう)をして、そのあと再び翠湖公園に帰っていった。帰り道、ぼくと老いらくさんの足取りは、とても重かった。
(万年亀は今、どこでどうしているだろうか)
ぼくは、ふっと、そう思った。
(今日のような特別な日には、万年亀はきっと帰ってくるはずだ)
ぼくには何となく、そんな予感がした。万年亀は、この国がとても好きなので、この国の伝統的な文化を重んじているからだ。ぼくは重い足を引きずりながら、知らず知らずのうちに、老いらくさんのあとについて、老いらくさんが住んでいる『盼帰橋(はんききょう)』の下まで行った。
すると、何と、ぼくの予感がぴったりと的中した。万年亀が橋の下の水のなかにいて、ぼくと老いらくさんの帰りをずっと待っていた。
「大先生、いらっしゃってたんですか」
ぼくは思わず、うれしくなって、歓喜の声をあげた。
「今日は特別な日だから、もしかしたら、帰っていらっしゃるんじゃないかと思っていたんです」
ぼくはそう答えた。
「そうか。そうだったか。今朝早く、夜が明ける前に、この国に帰ってきたよ」
万年亀がそう言った。
「今日、わしはお前たちに大切な知らせを持ってきたよ」
万年亀が真剣な顔をして、ぼくと老いらくさんに、そう言った。
万年亀は水のなかから岸にあがると、草の上に体を横たえた。万年亀の背中に生えている青々とした草が、周りの草と完全に一体となっていて、見分けがつかないほどだった。
「大切な知らせって、どんな知らせですか、よい知らせですか、それとも、よくない知らせですか」
ぼくは気になって仕方がなかった。
「この国にとっては、とてもよい知らせだよ」
万年亀は甲羅のなかから、首をにゅっと前に出すと、そう言った。
「『新型コロナウイルス』の発生源について、各国で様々な意見が出されていたが、WHO(世界保健機関)が最も客観的で、公正な立場から検証をおこなって、発生源は中国ではなくて自然界にあると報告したんだ」
万年亀は、そう言って上機嫌な顔をしていた。
「そうなんですか。それは本当によい知らせだ」
思ってもいなかった福音がもたらされたので、ぼくはうれしくてたまらなかった。ついさきほどまで暗い海の底に沈んでいたぼくの心が急に明るくなってきた。
「『発生源は中国にあり』と考えて、中国に汚名を着せていた国は中国に謝るべきだ」
ぼくは思ったことを臆面もなく口にした。
万年亀はうなずいた。
「そうだね。わしもそう思っている」
万年亀はそう答えてから、WHO(世界保健機関)の見解を話してくれた。
「WHO(世界保健機関)は、中国に対して高い評価をしている。未曾有(みぞう)のウイルスに対して、中国は史上最も大胆な措置を迅速におこない、最も積極的にまん延防止策に力の限りを尽くした。自国での感染拡大を抑えるばかりでなく、外国にも医療物資やマスクを大量に送ったり、優秀な医療チームを派遣して、外国の感染拡大を抑えることにも多大な貢献をした。このような中国の真摯な姿勢を世界の人々は心から敬い、見習って、賞賛しなければならない。そのような見解がWHO(世界保健機関)から出されたのだ」
万年亀の話を聞いて、ぼくは気持ちが高揚した。
「そんなに高く評価してくれたのですか」
ぼくの心は、喜々としていた。
「客観的に分析して、正しい評価をしてくれただけだよ」
万年亀がそう言った。万年亀はとても長く生きているので、様々な経験を通して、公平な立場から物事を正しく判断することができる。万年亀にとっては、ごく当たり前の評価だと思っているようだった。
「人は自分に都合がいいことしか言わないが、神様は公平無私な立場から情況を見ている。この国は本当に素晴らしい国だ。神様から与えられた使命をはっきりと認識していて、世界におけるこの国の地位や立場をわきまえて、大国としての栄誉に恥じない模範的な行為をしている。誠に賞賛に値する立派な国だ」
万年亀がそう言った。万年亀の言う言葉には、とても重みがあって真実味にあふれていた。言葉の一つひとつが心にしみてきて、この国に生まれたことが誇らしく思えてきた。話を聞いているうちに、心が晴れ晴れとして明るくなり、意気揚々として、ようやく大手を振って歩けるようになったと思った。
「この国は国際機関から、そのように高い評価を与えられた国であるにもかかわらず、この国から賠償金を取り立てようとする国があるとすれば、まったくの茶番劇であり、奇想天外な妄言としかいいようがない」
ぼくがそう言うと、万年亀はうなずいた。
「まったくその通りだね。真相が明らかになったあと、西洋の国々のなかには、おかしな茶番劇から降りた国もある。ウイルスの根源がどこにあるかを解明するのは自然科学の問題であり、科学だけが正しい答を見いだすことができる。国同士が自国の利益を絡めて、とやかく言う問題ではない」
万年亀がそう言った。ぼくもそう思っている。
万年亀は、そのあと、ふーっと、一息ついてから、頭を横に振った。
「今度の疫病の感染情況を見ていると、嫌なものが見えてきた。ウイルスよりも、もっと恐ろしいものが、人間の心を、むしばんでいることだ」
「何ですか、それは」
ぼくは聞き返した。
「妬み、貪欲、無知」
万年亀はそう答えた。
「それらが心の鏡に怪しげに映って、根拠もなく、この国が汚名を着せられて、正しく評価されなかった。誠に嘆かわしいとしか言いようがない。ウイルスが人の体を、むしばんでいる間に、妬み、貪欲、無知が人の心を、むしばんでいった」
万年亀が、そのように説明した。ぼくはうなずいた。
万年亀は疫病の感染情況が最も深刻な事態に陥っている国から帰ってきたばかりだったので、世界の人々の生活の様子についても話してくれた。
「わしが今までいた国では、毎日、何千人もの人たちが『新型コロナウイルス』に感染して、多くの人が亡くなっていた。そのために人々はみな明日は我が身かもしれないと思って、苦難に満ちた生活を余儀なくされていた」
万年亀は沈鬱な顔をしながら、そう話した。
「この国で『新型コロナウイルス』が初めて発見されて猛威をふるっていたとき、二週間から三週間かけて、国力を挙げて封じ込めをおこなって、疫病との戦いに、ひとまず勝利をおさめた。しかし西洋の国々のなかには、中国は真相を隠しているのではないかと思って高く評価しない国もあった。自分の国でも感染者が出始めたときには、ウイルスはもう世界中にまん延していて、手の施しようがないような深刻な情況に陥っていた。それを知って、この国は莫大な犠牲を払ったり、多額のお金を出して、人類のために貴重なノウハウを提供したり、援助物資やマスクや医療チームを送った。しかし西洋の国々のなかには『マスク外交、攻勢に出た中国』とか、『高まる影響力、各国警戒』などと言って、冷ややかな目で見る国もあって、この国の厚意を素直に受け入れない国もあった」
万年亀はそう言って、吐息をついた。
「わしはこれまで一万年生きてきたが、そのなかで何度か大きな疫病が地球上に起きたのを見てきた。そのなかでも史上、最も恐怖に人類を陥れたのは、中世のヨーロッパで大流行した『黒死病』だろう。ヨーロッパの人たちは、今もけっして、この疫病を肝に銘じて忘れることはない。わしも自らこの目で見たことがある。あの時の恐怖と言ったら……」
万年亀は悪夢を見たような顔をしていた。
「『黒死病』ですか」
聞きなれない奇妙な名前の病気だったので、ぼくは聞き返した。
「そうだよ。『黒死病』。『ペスト』とも呼ばれている」
万年亀はそう答えた。
「どんな病気ですか」
ぼくは好奇心に駆られていた。
「ネズミについたノミが媒介する急性の感染症で、感染した人の顔や首や体の一部に腫瘤(しゅりゅう)ができて、皮膚に黒い斑点ができるのが特徴だ。感染した人のほとんどは四十八時間以内に死ぬ」
万年亀の話を聞いて、ぼくはぎょっとして、言葉を思わず失ってしまった。万年亀は話を続けた。
「ヨーロッパで『黒死病』の感染がまん延していたとき、感染者のほとんどは気が狂って、素っ裸になって、奇妙な声を上げながら、町のなかを走って行って、そのあと急にばたっと倒れて死んでいた。町のいたるところに死体がごろごろしていて、嫌なにおいが、ぷんぷんしていた。においをカムフラージュするために、死体のうえに花がいっぱいかぶせられていたが、嫌なにおいを覆いつくすことは到底できず、とても耐えられるものではなかった。死体を片づけるための車からも、嫌なにおいがあふれていた」
万年亀の話を聞いて、身の毛がよだって、気分が悪くなって吐きそうになった。もうこれ以上、聞きたくなかったが、万年亀はさらに話を続けた。
「片づけられた死体を焼いた灰燼(かいじん)が、空気中に漂い、空が黒ずんで汚くてたまらなかった。空気を吸ったら体に悪いので、わしは甲羅のなかから首を出す勇気はとてもなかった」
想像を絶するような当時の状況を聞いて、ぼくは愕然(がくぜん)としていた。万年亀はさらに話を続けた。
「その頃、ヨーロッパに住んでいた人たちの三人に一人が『黒死病』にかかって亡くなった。病気を防ぐための効果的なワクチンは、その当時はまだ普及していなかったので、『黒死病』にかかったら治癒する見込みはなく、ただ死ぬのを待つだけであり、そのために発狂する人が絶えなかった。かかっていない人も毎日、恐怖と不安におののきながら、生きた心地がしないまま、暗澹(あんたん)たる日々を過ごしていた。その頃は、ちょうど今の『新型コロナウイルス』と同じように、まったく根拠のない流言が飛び交っていて、罪や責任を、ほかの国に押しつけようとしていた。『人骨礼拝堂』というものが、ヨーロッパの教会のなかにあるが、その礼拝堂のなかには、人の様々な部分の骨を組み合わせて作った装飾品が、つるされている。それらの装飾品に使われている骨のほとんどは、十四世紀の半ばに『黒死病』で亡くなった人のものだ」
万年亀がそのように話した。
そのときから数百年がたっていたが、万年亀の話を聞いて、遠い昔の出来事だと割り切って考えることはできないほど、辛い思いに、ぼくは苛まれていた。
「『黒死病』のことについて話すのは、これくらいにして、今、流行している『新型コロナウイルス』のことに話を戻そう」
万年亀がそう言った。ぼくはうなずいた。
「わしは、この国に来れば来るほど、ますます、この国が好きになっていく。何と言っても、『新型コロナウイルス』に対して最も迅速に、最も有効な手段を講じて、封じ込めに成功した国だからだ。本当にたいしたものだよ」
万年亀はそう言って、この国をまた、ほめてくれた。
「わしは、この国で見てきたことと、ほかの国で見てきたことを、ここ数日、比較していたが、何と言っても、この国の優秀さがよく分かったよ。優秀なところは四つある。一つは国力の大きさ。二つ目は国家の統制が取れていて迅速な対処ができること。三つ目は有能な人材が豊富にいること。四つ目は民族精神の立派さだよ」
万年亀はそう言ってから、一つひとつ、具体的に話してくれた。
「まず一つ目の国力の大きさに関して言えば、国に緊急事態が発生したときに、あたかも父母が子どもを保護するように、国民全体のパニックを抑えて保護できるだけの力があること。二つ目の迅速な対処に関して言えば、W市で『新型コロナウイルス』の感染者が出たとき、患者を隔離して治療するための専門病院を、すぐに作って、患者をそこに収容して感染拡大を防いだこと。『火神山病院』と『雷神山病院』と『光谷日海方艙病院』を、わずか一週間前後で作った。三つ目の有能な人材が豊富にいることは、W市で疫病が発生したときに、新型であることを、世界で最初に気がついて、すぐに『WHO(世界保健機関)』に報告したことや、国内での感染が収束したときに、外国に医療物資やマスクを送っただけでなく、有能な医療チームを派遣して、感染拡大の防止に力を尽くしたことだ。中国の支援のおかげで、外国はどれほど恩恵を受けたか分からないほどである。四つ目の民族精神の立派さに関して言えば、この国の人たちは精神がしっかりしていて、他人への思いやりにあふれている。国にもしっかりした惻隠(そくいん)の情が根づいていて、困窮している国民や他国への優しさを遺憾無く発揮できるので、尊敬に値するような強くて立派な国になっている。国家や国民の精神のなかには、中華民族の真髄が凝縮されていて、国家と国民が気持ちを一つにして疫病対策に全力で取り組んできたので、疫病に打ち勝つことができたのだ。そのような民族が、これからも強くならないわけがない」
万年亀がそのように話した。言葉の一つひとつがすべて理にかなっていて、異論を差し挟む余地は少しもなかった。さすがに大先生であり、さすがに賢者である。万年亀の見識の高さに、ぼくは心の底から感心せざるを得なかった。
この国では『新型コロナウイルス』の感染拡大は基本的には抑えられたが、世界的にはまだ猛威をふるい続けている。感染拡大を防ぐために、各国で様々な対策が取られているにもかかわらず、どうして『新型コロナウイルス』を地球上から撲滅させることができないのだろうか。ぼくにはどうしても合点がいかないでいる。万年亀は次のように言った。
「『新型コロナウイルス』は、全人類にとって共通の敵だから、各国が力を合わせて、一日でも早くワクチンと特効薬を作り出して、地球上のすべての人に予防接種をしたり、感染した人に薬を飲ませて治してあげなければならない。そうすることで『新型コロナウイルス』を徹底的に撲滅させることができるのだ」
万年亀の説明に、ぼくはうなずいた。万年亀は、さらに話を続けた。
「わしが先ほど話した『黒死病』にしても、その後、有効なワクチンが開発されて接種されたので、人々はやがて、『黒死病』の恐怖から免れることができるようになった」
万年亀がそのように話した。
万年亀の話を聞いていると、時間がたつのが、いつもとても早く感じられる。話の内容にとても興味を惹かれるので、夢中になって聞いているうちに、時間がたつのを忘れるからではないかと思う。
万年亀は、この国が大好きだし、この町の翠湖公園に来ると、ほっとして安らぎを感じることができると、よく言っている。この町には万年亀が大好きな馬小跳も住んでいる。馬小跳の体についている子どもらしいにおいをかぐことで、万年亀は生きる活力を得ている。しかし今は、万年亀は、この国や、この町や、絵のように美しい翠湖公園に長く留まることは望んでいないように思える。清明節のために里帰りしてきたが、清明節が過ぎたら、再びこの町や、この国を離れて外国に行くのではないだろうか。ぼくにはそう思えた。万年亀は心をいつも地球全体に向けているので、『新型コロナウイルス』が、地球上にまん延している情況を知って、ここでゆったりとして安穏な日々を暮らすことは、万年亀の意にそぐわないことだからだ。
万年亀は地球の各地を行ったり来たりして、現状視察をすることを生き方の根本としている国際的な活動家である。