マスクをした猫

第十八章 恩知らず

天気…大地や植物に潤いをもたらした慈雨が数日間、降り続いたあと、空は青く澄んできた。この町を流れる錦江の上を、丹頂鶴が朝晩、群れをなして、水面すれすれに翼を広げて飛んでいる。水のなかに映っている自分の美しい姿を観賞しているようにさえも思える。

ここ数日、ぼくは鬱々としていた。万年亀が話してくれたことに義憤の念を覚えて、心がふさいでいたからだ。どうして西洋の国々のなかには、この国を非難して、この国に多額の賠償金を請求しようとする国があるのだろうか。寝ても覚めても、ぼくはここ数日、そのことばかり、ずっと考えていた。
昨夜、ぼくは夢を見た。夢のなかに馬小跳が出てきた。馬小跳は学校にいて、クラスのなかで、まったく見当はずれの言いがかりをつけられて非難されていた。これはまったく、この国が西洋の国々から、見当はずれの言いがかりをつけられて非難されているのと同じだった。
今朝早く、目が覚めると、ぼくは妻猫に
「昨夜、馬小跳の夢を見た」
と話した。
「そうだったの。疫病が収束して、馬小跳と再び、この公園で会うことができるようになったので、会いたくてたまらなくて、夢のなかに出てきたのではないでしょうか」
妻猫がそう答えた。そうかもしれないと、ぼくも思った。
「どんな夢を見たの」
妻猫が、ぼくをせかした。妻猫は馬小跳の話を聞きたくてたまらないようだった。
「馬小跳が風邪を引いている夢を見たんだ」
ぼくはそう言ってから、昨夜見た夢のことを妻猫に話し始めた。
「馬小跳は熱が出て、咳(せき)も出て、鼻が詰まって、くしゃみも出ていた。ほかの人に風邪を移してはいけないと思って、馬小跳はマスクをして学校に行った。クラスのみんなに『風邪が移るといけないから、ぼくから一メートル五十センチ以上離れてね』と言って、近づかせなかった。ところがその時、もうすでにクラスのなかで風邪がはやっていた。でも誰もマスクをせず、距離を保つこともしなかった。クラスのみんなは、ずぼらな性格の子ばかりだったので、風邪が人に移るとは思ってもいなかった。馬小跳だけが風邪に対する正しい認識があったし、心がけもよかったので、きちんとマスクをして、人を近づかせなかった。それからしばらくしてから、クラスのほとんどみんなが風邪を引いた。風邪の症状は馬小跳と同じで、熱が出て、咳(せき)も出て、鼻が詰まって、くしゃみも出ていた。学級閉鎖も考えられるような情況に陥っていたが、そういう情況のなかにあっても、馬小跳の風邪は不思議なことによくなって全快した。熱はひいて、咳(せき)も出なくなった。鼻も詰まらず、くしゃみも出なくなった。気分がよくなった馬小跳は、風邪を引いた友だちに気をつかって、とても心温かく接していた。クラスのなかに、文涛(ぶんとう)という男子学生がいて、風邪で欠席していた。父親が学校に来て、文涛(ぶんとう)が風邪を引いて登校できなくなったので、馬小跳にその責任を取ってほしいと言っていた」
ぼくは昨夜見た夢について、そのように話した。
妻猫はびっくりしたような顔をしていた。
「どうして馬小跳に責任があるのよ」
妻猫は普段はとても落ち着いていて、声を荒らげるようなことはしないが、あまりのナンセンスな言いがかりに、興奮気味に、そう聞き返した。
「文涛(ぶんとう)の父親は風邪をクラスに、はやらせた張本人は馬小跳だと言っていた。クラスのなかで初めてマスクをして、みんなを近づかせなかったのは馬小跳だからだ」
ぼくはそのように話した。
「言いがかりにも、ほどがあるわ。馬小跳の風邪も、クラスのほかの子から移されたものでしょう。けっして馬小跳が最初に、ほかの子に移したのではないでしょう」
妻猫は馬小跳を弁護して、不平をあらわにした。妻猫はさらに話を続けた。
「馬小跳には公徳心があるので、いつもほかの人のためを思ってよいことをしているわ。それを、そんないい方をするとは、ひどいわ。で、そのあと、どうなったの」
妻猫は、ぼくが昨夜見た夢の続きを聞きたくてたまらないでいた。
「それから、ぼくは目が覚めた。憤慨して目が覚めた」
ぼくは妻猫にそう答えた。
朝食をすませると、ぼくは橋の下に、老いらくさんを訪ねていった。老いらくさんは、新しい住まいとした、その橋に『盼帰橋(はんききょう)』と、名前をつけた。「盼」には待ち望むという意味がある。「帰」と「亀」は発音が同じなので、万年亀がこの橋に帰ってくるのを待ち望むという意味を込めて、そのように名前をつけた。老いらくさんは、以前の住まいがあった梅園から、ここに引っ越してきてから、万年亀がこの公園に帰ってきて、この橋の下で、会って、いっしょに楽しいひとときを過ごすことを、ずっと心待ちにしている。ぼくも老いらくさんと同じように、いつも万年亀のことを心に思っている。万年亀は今、どこでどうしているだろうか。どの国に行って何をしているだろうか。いつ翠湖公園へ帰ってくるだろうか。ぼくも老いらくさんも同じようなことを考えていた。
万年亀は、翠湖公園によく帰ってくる。世界で最も好きな場所が翠湖公園だと、以前、話していたことがある。ここに帰ってくると、豊かで美しい自然の調和に触れて、身も心も癒されるそうだ。そのように思ってくれていることを知って、ぼくも老いらくさんも、とてもうれしく思っている。今はコロナ禍で、万年亀はいつも以上に、身も心も疲れているだろうから、ここに帰ってくることを万年亀は心から切望しているのではないだろうか。美しさと静けさにあふれた翠湖公園で、ひとときを過ごすことで、万年亀は英気を養い、心を洗い、長く生きていくことができる。この町には馬小跳という子どもがいて、馬小跳の体から発散される子どもらしいにおいをかぐことも万年亀は大好きである。馬小跳のにおいをかぐことが、万年亀にとって元気の素であり、地球の将来に明るい希望が見いだせる素でもあるからだ。
ぼくと老いらくさんは、万年亀の帰りを、そわそわしながら、いつからともなく、『盼帰橋(はんききょう)』の下で待っていた。今、世界がどのような情況になっているのか知りたかったし、最新の情報を、ぼくも老いらくさんも聞きたくてたまらなかった。
万年亀がいつ帰ってくるかは分からないが、ぼくはじっとしていられなくなったので、湖畔に沿って草むらのなかを歩きながら、『盼帰橋(はんききょう)』まで、何度も行ったり来たりして、一刻でも早く万年亀の姿を見つけようとしていた。
草むらのなかを歩いているときに、がさがさっという音が背後からした。ぼくはびっくりして後ろを振り返った。すると周りよりも一段高く青草が茂っていて、小刻みに動いていた。万年亀の背中にも青草が茂っているので、(えっ、まさか)と思って、よく見ると、やはり万年亀だった。
「よう、笑い猫、元気にしていたか」
聞き馴染みのある声がして、万年亀が、ぼくに呼びかけてくれた。
「大先生、お帰りなさい。今か今かと思って、お帰りをずっと待っていましたよ」
ぼくは歓喜の声をあげた。
「ありがとう」
万年亀はうなずいた。
「背中の青草が伸びてきましたね」
ぼくがそう言うと
「春になって、自然の草木が成長してきたから、わしの背中の青草も、自然に合わせるように成長してきたのだよ」
万年亀がそう答えた。
「乗りなさいよ」
万年亀がそう言ったので、ぼくは、それからまもなく万年亀の背中に乗った。万年亀は太くて丈夫な四本の足をしっかり広げて、湖畔沿いに、草むらのなかを、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。『盼帰橋(はんききょう)』の近くまで来ると、老いらくさんが気がついて、うれしくてたまらない様子で、ぴょんぴょんと跳ねたり飛んだりしながら迎えに出てくれた。
『盼帰橋(はんききょう)』の下まで着くと、ぼくは万年亀の背中から降りて、万年亀の前にしゃがみこんだ。万年亀は甲羅のなかから首を前に、にゅっと出して、顔をぼくのすぐ前まで持ってきた。ぼくは万年亀の顔を注意深く、じっと見た。ぼくも老いらくさんも、万年亀から、今、世界で起きている最新の情報を聞きたくてたまらなかった。いいニュースが聞けるだろうか、それともよくないニュースを聞かされるのだろうか。話を聞く前に万年亀の顔の表情を見て、どちらなのか推察しようと、ぼくは思っていた。
「笑い猫、わしは半分、うれしくもあり、半分、憂慮もしている」
万年亀がそう言った。
「この国の情況はますますよくなってきて、基本的には『新型コロナウイルス』との戦いに勝ったと言える。すでにもう以前のような活気が、国のあちこちで、よみがえってきている。これは史上まれにみる奇跡だよ。実に喜ばしいことだ。その反面、憂慮していることは、この国は、ぬれぎぬを着せられていて、とてつもない賠償責任を求められているだけでなく、友好国からも裏切りに遭っていることだよ」
万年亀はそのように説明した。
「裏切り……ですか」
ぼくは聞き返した。万年亀はうなずいた。
「どの国が、この国を裏切っているのですか」
ぼくは恐る恐る、また聞き返した。
「かつて、この国が支援したことのある国だよ」
万年亀が、そう答えた。
「それらの国に疫病が広がって、これまでなかったほど困難な状況に陥ったときに、この国は医療物資を大量に送ったり、医療チームを多数派遣して疫病のまん延防止に力を尽くした。この国はウイルスに抵抗して、まん延を封じ込めるための確かなノウハウや、豊富な実績を持っていたので、それらを活かして国際貢献をして大きな役割を果たしていた。とても立派な行為だし、国際的に高く評価されるべきである。ところが、この国から支援を受けた、それらの国は、この国に感謝するどころか、そのあと裏切って、他の国々といっしょに、この国に対して、疫病をもたらした張本人として、多額の賠償責任を負わせようとしている」
万年亀の話を聞いて、ぼくの胸のなかに再び、憤懣(ふんまん)やるかたない思いが、ふつふつと湧いてきた。抑えがたいほどの憎悪感に包まれて、むしゃくしゃしていた。
「『恩を仇(あだ)で返す』とは、言語道断。絶対に許すわけにはいかない」
ぼくの胸のなかで、怒りの炎が、めらめらと燃えていた。
「わしもそう思う。古今東西を通じて、『恩を仇(あだ)で返す』ことは、人の性格のなかで最も悪いものである」
万年亀はそう言ってから、昔から伝わっている寓話(ぐうわ)をを話してくれた。
「昔、あるところに、思いやりのある優しい農民がいた。冬のとても寒い日に、すんでのところで、凍え死にそうになっていた蛇を見つけた。農民はかわいそうに思って、その蛇をふところのなかに入れて温めてやった。すると農民の体温は蛇に奪われて冷たくなり、蛇は農民の体温をもらって体が温かくなった。元気を取り戻した蛇は農民をかんだ。蛇の毒が農民の体のなかに流れて、農民は命を失ってしまった」
この話を聞いて、ぼくはとてもやるせない思いがした。まさに『恩を仇(あだ)で返す』ようなものだと思ったからだ。万年亀もこの話をしたあと、沈痛な思いにとらわれて、居ても立ってもいられなくなったのか、別れのあいさつもしないで、どこかへすーっと消えていった。もしかしたら、馬小跳のうちへ行ったのかもしれないと、ぼくは思った。馬小跳の体についている子どもらしいにおいをかぐことが、万年亀が元気を取り戻すための一番のカンフル剤だからだ。
万年亀の姿が見えなくなったあと、老いらくさんが次のように言った。
「寓話(ぐうわ)は人類の知恵の結晶であり、とても深い意味がこめられている。寓話(ぐうわ)のなかから得られる教訓はとても価値があり、生きていくうえでのバイブルだと言える」
ぼくもそう思った。老いらくさんは万年亀と同じように、とても長く生きてきているので、自らの経験を通して身にしみて感じている処世術があり、その処世術の多くを寓話(ぐうわ)のなかからたくさん学んでいた。
「わしもお前に、『恩を仇(あだ)で返す』寓話(ぐうわ)を話して聞かせよう」
老いらくさんはそう言ってから『東郭先生と狼』の話を始めた。
「昔、この国に東郭先生という学者がいて、あるとき、狼と出会った。狼があたふたしていたので、どうしたのかと聞くと、猟師に追われているので助けてほしいと言った。人がよい東郭先生は、持っていた大きな袋のなかに狼を入れて、かくまってやった。猟師が行き過ぎたあと、東郭先生が狼を袋から出してやると、狼は東郭先生に感謝するどころか、おなかが減って死にそうだから、東郭先生を食べさせてくれと言った。びっくりした東郭先生は大声を出して助けを求めた。声を聞いて、鋤(すき)を持った農民が急いでかけつけてきて、狼をうまくだまして袋のなかに再び入れて、きつくしばってから、鋤(すき)で叩き殺した」
老いらくさんの話を聞いて、この話は、万年亀がさっき話してくれた『農夫と蛇』の話よりも、もっと含蓄に富んでいると、ぼくは思った。
この世のあらゆる出来事には、すべて因果応報がある。善には善の報いがある。悪には悪の報いがある。恩を忘れて無慈悲なことを、たくらんだから、結果的に狼は地獄に落ちたのだ。そう思うと、胸のなかの、もやもやが、少し晴れたような気がした。