第十一章 心を一つにして
天気……水色の空に白い雲がいくつか浮かんでいる。名前を知らない鳥が数羽、空を飛んでいる。吹く風はもうそれほど冷たくなくて、柔らかな春の息吹が感じられる。ほおに当たる風が心地よい。
昨日、杜真子のうちから帰るとき、杜真子はぼくの首に食べ物が入った袋をかけてくれた。翠湖公園まで戻ってきたとき、ぼくは妻猫が待っている山洞の家には直接帰らないで、梅園に寄り道をして、食べ物を少し老いらくさんに分けてあげた。
袋のなかに入っていたものは、老いらくさんの大好物であるベーコンだった。老いらくさんの喜びようといったら、たとえようもないほどで、ぴょんぴょん飛び跳ねて、体全体で喜びを表現していた。
「わー、うれしいなあ。年の初めに、ベーコンをいただけるとは思ってもいなかった」
老いらくさんは地に足がつかないほど、浮かれていた。
「杜真子は元気だったか」
老いらくさんが聞いた。
ぼくはうなずいた。
「うん、元気だった。でも今は杜真子のことを話す時間がないので、明日、またここへ来て、そのときに話します。それから、もうひとつ、聞いたら、楽しくて、心が浮き立つような話があるので、その話も明日します」
ぼくはそう言った。
「どうして今、しないのだ」
老いらくさんが、けげんそうな顔をしていた。
「ぼくは今、うちへ帰る途中なんです。妻猫がぼくを待っていると思うから」
ぼくがそう言うと、老いらくさんは分かってくれた。
それからまもなく、ぼくは老いらくさんと別れて、そそくさと、うちへ帰っていった。
一夜明けて、ぼくは今朝、いつもより早く、梅園にやってきた。ぼくの姿が見えると、老いらくさんは待ちくたびれたような顔をして、ぼくを迎えてくれた。
「わしは首を長くして、お前が来るのを、ずっと待っていたぞ」
老いらくさんがそう言った。
「まずどちらの話から先にしましょうか。杜真子の話ですか、それとも、楽しくて、心が浮き立つような話からしましょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。老いらくさんは、ぼくがいつも心に思っているのは杜真子であることを、よく知っている。それに杜真子からもらったベーコンを昨日食べたばかりだったので、老いらくさんはまず初めに杜真子のことを、ぼくに話させた。
「今度の疫病で、杜真子とお母さんの関係に変化が生じました」
ぼくはそう答えた。
「杜真子のお母さんはもう以前のように、杜真子にずっと目を光らせたり、杜真子のすることに口を出したりしなくなりました。そのために杜真子は好きなことができるようになりました。お母さんとの関係も自然とよくなりました」
胸のつかえが下りたような顔をしながら、ぼくはそう言った。
「よかったな。安心しただろう」
老いらくさんがそう言った。ぼくはうなずいた。
「お前はこれまでずっと、杜真子とお母さんが、どうしてこんなに長く親子の断絶状態にあって、毎日けんかしているのだろうと思ってずっと心配していたからな」
老いらくさんは、ぼくの気持ちをとてもよく分かってくれていた。
「杜真子とお母さんの間に、こんなに大きな変化が生じたのは、どちらも一人の男の人を同じように愛しているからなんです。その男の人というのは、もちろん杜真子のお父さんです。愛の力はすごいですね」
ぼくはそう言って、感嘆した。老いらくさんがうなずいた。
杜真子のことを話し終えると、ぼくは話題を変えて、心が思わず浮き立って、天にも昇るような心地になれる話を始めた。
「老いらくさんとぼくは今、ネット上の人気者になっているんです」
ぼくがそう言うと、老いらくさんは、小首をかしげていた。
「ネット上の人気者……、何だ、それは……」
老いらくさんは経験が豊かで知識も広いが、今の世の中で流行しているものには疎いところがある。
「老いらくさんやぼくの動画がネット上に配信されて、今、町の人たちの間で持ち切りになっているのです」
ぼくはそう説明した。
「わしにはよく分からん」
老いらくさんが首を横に振った。
老いらくさんの理解を助けるために、ぼくは次のように説明した。
「老いらくさんとぼくの写真がスマートフォンで撮られたので、みんなが見ることができるようになったということです」
老いらくさんは、うなずいた。
「わしがネズミであることは見抜かれているだろか」
老いらくさんが聞いた。老いらくさんにとって、そのことが最も気にかかることのようだった。ぼくは首を横に振った。
「いや、誰も気がついていないと思います。老いらくさんはマスクをしているし、体は、テニスボールのようにまん丸くなっているので、誰も気がついていないと思います」
ぼくはそう答えた。老いらくさんは、ほっとしたような顔をしていた。
「動画のなかに主に映っているのは、ぼくです。老いらくさんには申し訳ないけど、老いらくさんは脇役にしかすぎません。ほんのちょっとしか映っていません。ぼくの引き立て役です」
臆面もなく、ぼくはそう答えた。
「そうか。それでもいい。わしはこれまでの大半を、町を徘徊(はいかい)する嫌われ者として生きてきたが、そのわしが何と人気者になっていたのか。思ってもいなかったな」
老いらくさんは、有頂天になって、雲の上を歩いているように、気持ちも体もふわふわしていた。
「わしやお前を人気者にしてくれたのは誰なのか」
老いらくさんが、ぼくに聞いた。
「はっきりとは分からないけど、スマートフォンで画像を撮ってくれた町の人か、無人のカメラじゃないかな。もしかしたら、バイクのあんちゃんかもしれない。その可能性がとても高いと、ぼくは思っているよ」
ぼくは老いらくさんに、そう答えた。
ぼくと老いらくさんは、それからまもなくマスクをして再び街頭宣伝に出かけることにした。
「翠湖公園の周りの大通りや路地は、もうほとんど歩きまわったから、今日は、少し遠いところへ行ってみないか」
老いらくさんが提案した。
「そうですね。どこへ行きましょうか」
ぼくが聞くと、老いらくさんは少し考えてから
「空港へ行ってみようよ」
と、意見を出した。
「いいですよ」
ぼくはそう答えた。ぼくも老いらくさんも飛行機を見るのが大好きなので、今日は少し遠出をして空港へ行ってみることにした。
町を走っている赤バイクや青バイクは、ますます多くなってきていた。町の人たちが外出をなるべく控えて、家のなかにじっと閉じこもっている時間が長くなるにつれて、宅配便のあんちゃんたちが果たす役割が、ますます大きくなっていった。赤バイクや青バイクが走ってくるたびに、老いらくさんは歩道の上で、ぴょんぴょん飛び跳ねて気を引いて、赤バイクや青バイクのあんちゃんに写真を撮らせて、ますますネット上の人気者になろうとしていた。生活物資を配達するあんちゃんたちは、それぞれの住宅団地の出入り口の前に生活物資を山積みして、区分け作業に忙しくて、猫の手も借りたいくらいに、ばたばたしていた。この町の人たちの生活物資を一手に引き受けているあんちゃんたちは、ぼくたちに目を留めて写真を撮る余裕は、もうほとんどないくらい、てんてこまいしていた。
空港へ向かって走っていると、車の量が、ますます多くなってきた。ほとんどが荷物を運送している大型トラックだった。ひかれないように注意しながら道路の端を走って高速道路の出入り口付近まで来ると、大型トラックが長蛇の列をなして止まっていて、警察の検問を受けていた。
黒い制服を着た警官が、十数人いて、大型トラックの荷台に上がったり降りたりして、荷台に積んである荷物を検査していた。そのあと警官は大型トラックの通行を許可して、手をあげて敬礼しながら、走り去っていくトラックを見送っていた。
(警官がどうして大型トラックに敬礼していたのだろう)
ぼくはそう思った。よく見ると、大型トラックはすべてW市へ向かう救援物資を積んだ車ばかりだった。W市は『新型コロナウイルス』が最も早く見つかった町であり、疫病の感染情況が最も深刻な町でもあるので、荷台に積んである救援物資はきっと、この国の人たちのW市の人たちへの厚い思いやりであり、そのために警官が大型トラックに敬礼していたのだと、ぼくは思った。ぼくも前足を挙げて、大型トラックに向かって敬礼した。ぼくに気がついた大型トラックの運転手がたくさんいて、車のドアを開けて、急いでぼくの写真を撮っていた。
警官もぼくに気がついた。警官はみんなマスクをしていたので、顔の表情が、ぼくにはよく見えなかった。しかし目が笑っているのが見えたし、警官のなかには、ぼくに手を振ったり、ぼくの前に歩いてきて、しゃがんで、ぼくの頭を軽くなでたりする人もいた。
大型トラックは検問を終えると、次から次に、ぼくの前を通り過ぎていった。ぼくと警官は、いっしょに並んで立って、大型トラックに敬礼して目送した。
ぼくと老いらくさんは、それからまもなく高速道路の出入り口を離れて、飛行場へ向かった。途中で老いらくさんが、ぼくに聞いた。
「トラックの運転手には感心するね。一体どれくらいの救援物資を運んでいるのだろうか」
「そうですね。この国の人たちの思いやりをたくさん載せて運んでいるんですよね」
ぼくはそう答えた。老いらくさんがうなずいた。
救援物資を運んでいるトラックを見て、ぼくは十二年前に起きた四川大地震のことを、ふっと思い出した。この町のすぐ近くで起きた大地震だ。あの時は、この町も大きな被害を受けて、町はパニック状態に陥った。ぼくと老いらくさんは、あの時も今日と同じように、高速道路の出入り口で、長蛇の列をなした大型トラックが検問を受けていて、次から次へと町のなかへ入ってくるのを見たことがあった。大型トラックの荷台に積まれていたものはすべて、ほかの町から、ぼくたちの町へ送られてきた救援物資だった。国内の、ある町が災害や災禍に見舞われたら、すぐに国の四方八方から救援の手が差し伸べられる。あの時の情景が、ぼくの脳裏に今、再びよみがえってきた。今日の情景も、あの時とまったく同じだ。そう思って見ていると、感謝感激の念が、ふつふつと沸いてきて感無量だった。
「トラックの運転手のなかに、わしを知っている人が何人もいたとは思わないか。警官も、手がちょっとあいたときは、わしを見ていたから、わしを知っていた人がいたように思える……」
老いらくさんがそう言った。老いらくさんの顔には、うれしさがあふれていた。老いらくさんは本当に自分がネット上の人気者になっていると思っているようだ。トラックの運転手は、老いらくさんではなくて、ぼくの写真を撮っていたのだが、老いらくさんは、ぼくのすぐ隣にいたので、自分が撮られていると思っていたようだ。警官が手のあいたときに、老いらくさんに目をやったのは(何だろう)と思って注視していただけだった。
老いらくさんは、これまでほとんど日の当たらない社会の隅で、人目を忍ぶようにして生きてきたので、こんなに注目されたことはめったになかった。それだけにうれしくて、実際のところがよく見えていなかったのだろう。ぼくはそう思った。
ぼくと老いらくさんが空港の外に広がっている菜の花畑まで来た時に、頭の上を飛行機が飛んでいくのが見えた。
(あれっ、おかしいな。空港は閉鎖されているはずだが)
老いらくさんが小首をかしげていた。
(どうして飛んでいるんだ)
予想外の光景を目にして、老いらくさんは急に気を張り詰めていた。
ぼくと老いらくさんは、ついさっき高速道路の出入り口で見た光景を思い出した。救援物資を積んだトラックはたくさん見かけたが、救援活動に向かう人を乗せた車は全然見かけなかった。
(もしかしたら、あの飛行機には救援活動に向かう人が乗っているのかもしれない)
ぼくはそう思った。飛行場に近づくと、駐機場には、防護服を着た作業員が何人もいて、飛行機のなかに救援物資を積み込んでいる姿が目に入った。
(やはり、そうだ。あの飛行機もW市へ向けて飛んでいったのだ。飛行機のなかには医療スタッフがたくさん乗っていて、みんなが心を一つにして、窮状に陥っている人たちを助けようとしている。本当に素晴らしい。このようにして、国じゅうの人たちが一致団結して互いに助け合えば、どんなに困難な災害や災禍でも必ず克服することができる)
ぼくはそういった思いをいっそう強くした。
天気……水色の空に白い雲がいくつか浮かんでいる。名前を知らない鳥が数羽、空を飛んでいる。吹く風はもうそれほど冷たくなくて、柔らかな春の息吹が感じられる。ほおに当たる風が心地よい。
昨日、杜真子のうちから帰るとき、杜真子はぼくの首に食べ物が入った袋をかけてくれた。翠湖公園まで戻ってきたとき、ぼくは妻猫が待っている山洞の家には直接帰らないで、梅園に寄り道をして、食べ物を少し老いらくさんに分けてあげた。
袋のなかに入っていたものは、老いらくさんの大好物であるベーコンだった。老いらくさんの喜びようといったら、たとえようもないほどで、ぴょんぴょん飛び跳ねて、体全体で喜びを表現していた。
「わー、うれしいなあ。年の初めに、ベーコンをいただけるとは思ってもいなかった」
老いらくさんは地に足がつかないほど、浮かれていた。
「杜真子は元気だったか」
老いらくさんが聞いた。
ぼくはうなずいた。
「うん、元気だった。でも今は杜真子のことを話す時間がないので、明日、またここへ来て、そのときに話します。それから、もうひとつ、聞いたら、楽しくて、心が浮き立つような話があるので、その話も明日します」
ぼくはそう言った。
「どうして今、しないのだ」
老いらくさんが、けげんそうな顔をしていた。
「ぼくは今、うちへ帰る途中なんです。妻猫がぼくを待っていると思うから」
ぼくがそう言うと、老いらくさんは分かってくれた。
それからまもなく、ぼくは老いらくさんと別れて、そそくさと、うちへ帰っていった。
一夜明けて、ぼくは今朝、いつもより早く、梅園にやってきた。ぼくの姿が見えると、老いらくさんは待ちくたびれたような顔をして、ぼくを迎えてくれた。
「わしは首を長くして、お前が来るのを、ずっと待っていたぞ」
老いらくさんがそう言った。
「まずどちらの話から先にしましょうか。杜真子の話ですか、それとも、楽しくて、心が浮き立つような話からしましょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。老いらくさんは、ぼくがいつも心に思っているのは杜真子であることを、よく知っている。それに杜真子からもらったベーコンを昨日食べたばかりだったので、老いらくさんはまず初めに杜真子のことを、ぼくに話させた。
「今度の疫病で、杜真子とお母さんの関係に変化が生じました」
ぼくはそう答えた。
「杜真子のお母さんはもう以前のように、杜真子にずっと目を光らせたり、杜真子のすることに口を出したりしなくなりました。そのために杜真子は好きなことができるようになりました。お母さんとの関係も自然とよくなりました」
胸のつかえが下りたような顔をしながら、ぼくはそう言った。
「よかったな。安心しただろう」
老いらくさんがそう言った。ぼくはうなずいた。
「お前はこれまでずっと、杜真子とお母さんが、どうしてこんなに長く親子の断絶状態にあって、毎日けんかしているのだろうと思ってずっと心配していたからな」
老いらくさんは、ぼくの気持ちをとてもよく分かってくれていた。
「杜真子とお母さんの間に、こんなに大きな変化が生じたのは、どちらも一人の男の人を同じように愛しているからなんです。その男の人というのは、もちろん杜真子のお父さんです。愛の力はすごいですね」
ぼくはそう言って、感嘆した。老いらくさんがうなずいた。
杜真子のことを話し終えると、ぼくは話題を変えて、心が思わず浮き立って、天にも昇るような心地になれる話を始めた。
「老いらくさんとぼくは今、ネット上の人気者になっているんです」
ぼくがそう言うと、老いらくさんは、小首をかしげていた。
「ネット上の人気者……、何だ、それは……」
老いらくさんは経験が豊かで知識も広いが、今の世の中で流行しているものには疎いところがある。
「老いらくさんやぼくの動画がネット上に配信されて、今、町の人たちの間で持ち切りになっているのです」
ぼくはそう説明した。
「わしにはよく分からん」
老いらくさんが首を横に振った。
老いらくさんの理解を助けるために、ぼくは次のように説明した。
「老いらくさんとぼくの写真がスマートフォンで撮られたので、みんなが見ることができるようになったということです」
老いらくさんは、うなずいた。
「わしがネズミであることは見抜かれているだろか」
老いらくさんが聞いた。老いらくさんにとって、そのことが最も気にかかることのようだった。ぼくは首を横に振った。
「いや、誰も気がついていないと思います。老いらくさんはマスクをしているし、体は、テニスボールのようにまん丸くなっているので、誰も気がついていないと思います」
ぼくはそう答えた。老いらくさんは、ほっとしたような顔をしていた。
「動画のなかに主に映っているのは、ぼくです。老いらくさんには申し訳ないけど、老いらくさんは脇役にしかすぎません。ほんのちょっとしか映っていません。ぼくの引き立て役です」
臆面もなく、ぼくはそう答えた。
「そうか。それでもいい。わしはこれまでの大半を、町を徘徊(はいかい)する嫌われ者として生きてきたが、そのわしが何と人気者になっていたのか。思ってもいなかったな」
老いらくさんは、有頂天になって、雲の上を歩いているように、気持ちも体もふわふわしていた。
「わしやお前を人気者にしてくれたのは誰なのか」
老いらくさんが、ぼくに聞いた。
「はっきりとは分からないけど、スマートフォンで画像を撮ってくれた町の人か、無人のカメラじゃないかな。もしかしたら、バイクのあんちゃんかもしれない。その可能性がとても高いと、ぼくは思っているよ」
ぼくは老いらくさんに、そう答えた。
ぼくと老いらくさんは、それからまもなくマスクをして再び街頭宣伝に出かけることにした。
「翠湖公園の周りの大通りや路地は、もうほとんど歩きまわったから、今日は、少し遠いところへ行ってみないか」
老いらくさんが提案した。
「そうですね。どこへ行きましょうか」
ぼくが聞くと、老いらくさんは少し考えてから
「空港へ行ってみようよ」
と、意見を出した。
「いいですよ」
ぼくはそう答えた。ぼくも老いらくさんも飛行機を見るのが大好きなので、今日は少し遠出をして空港へ行ってみることにした。
町を走っている赤バイクや青バイクは、ますます多くなってきていた。町の人たちが外出をなるべく控えて、家のなかにじっと閉じこもっている時間が長くなるにつれて、宅配便のあんちゃんたちが果たす役割が、ますます大きくなっていった。赤バイクや青バイクが走ってくるたびに、老いらくさんは歩道の上で、ぴょんぴょん飛び跳ねて気を引いて、赤バイクや青バイクのあんちゃんに写真を撮らせて、ますますネット上の人気者になろうとしていた。生活物資を配達するあんちゃんたちは、それぞれの住宅団地の出入り口の前に生活物資を山積みして、区分け作業に忙しくて、猫の手も借りたいくらいに、ばたばたしていた。この町の人たちの生活物資を一手に引き受けているあんちゃんたちは、ぼくたちに目を留めて写真を撮る余裕は、もうほとんどないくらい、てんてこまいしていた。
空港へ向かって走っていると、車の量が、ますます多くなってきた。ほとんどが荷物を運送している大型トラックだった。ひかれないように注意しながら道路の端を走って高速道路の出入り口付近まで来ると、大型トラックが長蛇の列をなして止まっていて、警察の検問を受けていた。
黒い制服を着た警官が、十数人いて、大型トラックの荷台に上がったり降りたりして、荷台に積んである荷物を検査していた。そのあと警官は大型トラックの通行を許可して、手をあげて敬礼しながら、走り去っていくトラックを見送っていた。
(警官がどうして大型トラックに敬礼していたのだろう)
ぼくはそう思った。よく見ると、大型トラックはすべてW市へ向かう救援物資を積んだ車ばかりだった。W市は『新型コロナウイルス』が最も早く見つかった町であり、疫病の感染情況が最も深刻な町でもあるので、荷台に積んである救援物資はきっと、この国の人たちのW市の人たちへの厚い思いやりであり、そのために警官が大型トラックに敬礼していたのだと、ぼくは思った。ぼくも前足を挙げて、大型トラックに向かって敬礼した。ぼくに気がついた大型トラックの運転手がたくさんいて、車のドアを開けて、急いでぼくの写真を撮っていた。
警官もぼくに気がついた。警官はみんなマスクをしていたので、顔の表情が、ぼくにはよく見えなかった。しかし目が笑っているのが見えたし、警官のなかには、ぼくに手を振ったり、ぼくの前に歩いてきて、しゃがんで、ぼくの頭を軽くなでたりする人もいた。
大型トラックは検問を終えると、次から次に、ぼくの前を通り過ぎていった。ぼくと警官は、いっしょに並んで立って、大型トラックに敬礼して目送した。
ぼくと老いらくさんは、それからまもなく高速道路の出入り口を離れて、飛行場へ向かった。途中で老いらくさんが、ぼくに聞いた。
「トラックの運転手には感心するね。一体どれくらいの救援物資を運んでいるのだろうか」
「そうですね。この国の人たちの思いやりをたくさん載せて運んでいるんですよね」
ぼくはそう答えた。老いらくさんがうなずいた。
救援物資を運んでいるトラックを見て、ぼくは十二年前に起きた四川大地震のことを、ふっと思い出した。この町のすぐ近くで起きた大地震だ。あの時は、この町も大きな被害を受けて、町はパニック状態に陥った。ぼくと老いらくさんは、あの時も今日と同じように、高速道路の出入り口で、長蛇の列をなした大型トラックが検問を受けていて、次から次へと町のなかへ入ってくるのを見たことがあった。大型トラックの荷台に積まれていたものはすべて、ほかの町から、ぼくたちの町へ送られてきた救援物資だった。国内の、ある町が災害や災禍に見舞われたら、すぐに国の四方八方から救援の手が差し伸べられる。あの時の情景が、ぼくの脳裏に今、再びよみがえってきた。今日の情景も、あの時とまったく同じだ。そう思って見ていると、感謝感激の念が、ふつふつと沸いてきて感無量だった。
「トラックの運転手のなかに、わしを知っている人が何人もいたとは思わないか。警官も、手がちょっとあいたときは、わしを見ていたから、わしを知っていた人がいたように思える……」
老いらくさんがそう言った。老いらくさんの顔には、うれしさがあふれていた。老いらくさんは本当に自分がネット上の人気者になっていると思っているようだ。トラックの運転手は、老いらくさんではなくて、ぼくの写真を撮っていたのだが、老いらくさんは、ぼくのすぐ隣にいたので、自分が撮られていると思っていたようだ。警官が手のあいたときに、老いらくさんに目をやったのは(何だろう)と思って注視していただけだった。
老いらくさんは、これまでほとんど日の当たらない社会の隅で、人目を忍ぶようにして生きてきたので、こんなに注目されたことはめったになかった。それだけにうれしくて、実際のところがよく見えていなかったのだろう。ぼくはそう思った。
ぼくと老いらくさんが空港の外に広がっている菜の花畑まで来た時に、頭の上を飛行機が飛んでいくのが見えた。
(あれっ、おかしいな。空港は閉鎖されているはずだが)
老いらくさんが小首をかしげていた。
(どうして飛んでいるんだ)
予想外の光景を目にして、老いらくさんは急に気を張り詰めていた。
ぼくと老いらくさんは、ついさっき高速道路の出入り口で見た光景を思い出した。救援物資を積んだトラックはたくさん見かけたが、救援活動に向かう人を乗せた車は全然見かけなかった。
(もしかしたら、あの飛行機には救援活動に向かう人が乗っているのかもしれない)
ぼくはそう思った。飛行場に近づくと、駐機場には、防護服を着た作業員が何人もいて、飛行機のなかに救援物資を積み込んでいる姿が目に入った。
(やはり、そうだ。あの飛行機もW市へ向けて飛んでいったのだ。飛行機のなかには医療スタッフがたくさん乗っていて、みんなが心を一つにして、窮状に陥っている人たちを助けようとしている。本当に素晴らしい。このようにして、国じゅうの人たちが一致団結して互いに助け合えば、どんなに困難な災害や災禍でも必ず克服することができる)
ぼくはそういった思いをいっそう強くした。

