マスクをした猫

序文
ひと夜のうちに、今までとは違った何か深刻な事態が起きたようだ。翠湖公園は出入り口の門が固く閉ざされ、町を出入りする高速道路も通行止めになった。町全体がどんよりとした空気に包まれていて、人も車も姿がまばらになった。ぼくと妻猫は、ひと晩寝ないで、ぼくたちの子どものことを心配したり、ぼくの愛する人たちがみんな無事であることを祈っていた。
ぼくと、友だちの老いらくさんは毎日、マスクをして町を歩いて、マスク着用を呼びかけるための歩く広告塔となって、疫病のまん延防止のために一役買っていた。町の人たちはみんなぼくたちを見ると親指を立てて、にこにこしていた。赤い防護服と赤いヘルメットに身を固めたオートバイの宅配ライダーが、ぼくに気がつくと、バイクを止めて、スマートフォンを取り出して、ぼくと老いらくさんの写真を撮っていた。
国のどこかで災禍が起きたら、国全土から支援の手が差し伸べられる。今回はＷ市で疫病が発見されたので、Ｗ市へ向けて支援物資が滞ることなく次から次へと全国から運ばれていった。迅速な対応と、この国の人たちの思いやりに、ぼくは心を打たれた。支援物資を運ぶ大型トラックを見かけると、ぼくは道端に立って、トラックのドライバーに恭しく頭を下げた。その映像がインターネット上で配信されて、国内はもとより海外にまで伝えられたので、ぼくと老いらくさんは思ってもいなかったことに、多くの人に知られるようになって、ぼくと老いらくさんは、ネット上の人気者になった。
初夏になって、疫病はこの国では徐々に収束に向かっていった。それまで家のなかにじっと閉じこもって自粛生活を強いられていた人たちが、ようやく以前のように、外に出て行くことができるようになった。疫病が発見されてから三ヶ月以上も会えなかった人たちと、再び会えるときがやってきた。ぼくは杜真子や馬小跳や、馬小跳の友だちと再び翠湖公園で会うことができるようになった。杜真子のお父さんはウイルスを研究する専門家なので、Ｗ市へ行って働いていたが、今はもう外国へ行って、その国の感染拡大の防止対策に力を貸していた。
(世界の人々は、そう遠くないうちに、今回の『新型コロナウイル』に打ち勝つことができる)
ぼくは固くそう信じている。