恋に焦がれて鳴く蝉よりも

 「五十嵐さん、その……何かありました?
滝田くんと」

 おずおずとそう訊いた蛍里に、結子はピタリ
と動きを止める。

 そして、小さく頷くと複雑な表情を向けた。

 「何かあった、と言うより、これから何か
あるかもって感じかな。実はね、滝田くんが
異動するときに、連絡先を交換したの。で、
わたしの方から何度か飲みに誘って二人で会っ
たんだけど……そろそろ、自分の気持ち伝えて
みようかな、って思ってて」

 次から次へと、結子の口から思いがけない
話が飛び出してきて、蛍里は目を白黒させる。

 いつの間に滝田とそんな関係になったのか。
 本当に何も気が付かなかった。

 「そうだったんですね。そっか、告白する
のか……凄いなぁ」

 呆けたようにそう呟いた蛍里に、結子は肩を
竦め、首を捻る。

 「上手くいくかどうかは、わからないんだけ
どね。このまま彼のこと諦めたら後悔するだろ
うし、ダメならダメですっぱり諦めて次に進め
る気がするから」

 そう言って結子が見せた顔は蛍里が初めて
見るもので、彼女が心から滝田を想っている
のだと、わかる。

 諦めたくないという想いは、忘れたくない
という気持ちと似通っていて、だから、蛍里
はなんだか胸が苦しくなってしまった。

 蛍里は身を乗り出し、結子に言った。

 「わたし、応援してます。頑張ってくださ
いね」

 「ありがと。頑張る」

 結子は白い歯を見せて、にっこりと笑った。

 「ところで、折原さんはどうなの?まだ、
専務のこと……」

 

-----忘れられないのか?



 という言葉は飲み込んで、結子が顔を覗く。

 蛍里は一瞬、表情を止め、ゆっくりと首を
縦に振った。

 「もう一年も経つのに、忘れられる気がし
ないんです。突然、昨日のことのように彼と
のことを思い出して、辛くなることもあって。
何だか、時間が経てば経つほど彼への想いが
強くなっていくみたいで……」

 切なげにそう言った蛍里を、結子は黙って
見つめる。

 結子に専務とのことを話したのは、あれか
ら間もなくだった。

 やはり、彼女の方から察して蛍里に訊いて
くれたのだ。

 拓也に話した時も、だいぶ気持ちが軽く
なったけれど、彼のことをよく知る結子に
打ち明けた時は、胸のつかえが取れたよう
な、そんな気分だった。

 「専務が辞める必要はなかっただろうに。
こんな可愛い子放って、どこへ行っちゃった
んだか」

 独り言のようにそう言った結子に、蛍里は
微笑する。

 こんな風に、一年後も、その次の年も、
彼女の口から同じセリフを聞くことになるの
だろうか。

 それとも、自分は彼を忘れ、別の誰かを好き
になっているのだろうか。