「ねぇ。ストレス解消にさ、こっちのデザート
プレート注文しない?」

 いつもの店で、いつものメニューを広げながら
結子がランチセットにプラス500円のデザート
プレートを指さす。

 「注文します。いっぱい食べたいです」

 蛍里はその提案に二つ返事をし、近くを通り
かかったウエイトレスを呼び止めた。

 注文を終えると、すぐにセットのサラダが並べ
られる。

 テーブルに置かれていたラタン製のカトラリー
ケースからフォークを二本取り出すと、結子は
そのうちの一本を蛍里に差し出した。

 「……にしてもさ、あれはないよね。ほんと」

 「ちょっと、腑に落ちないですよね。ほんと
に」

 結子がサラダを口に運びながら愚痴をこぼす。
 その言葉に、うんうん、と頷きながら蛍里は
レタスにフォークを刺した。

 二人の不満の矛先は、新しく専務職に就いた
上司に対してだった。

 社長の古くからの友人らしいのだが、とにか
く横柄なのだ。

 どちらかと言うと、専務の不注意で招いた
失敗なども、社員のせいだと怒鳴り散らすこと
もある。今回も、専務による伝達ミスが原因な
のに、「確認が足りない」と結子が怒られて
しまったのだった。

 「榊専務だったらさ、間違ってもこんなこと
なかったわよね。完璧すぎてちょっと近寄りが
たかったけど、部下に仕事を任せる時は、その
責任も最終的には自分にあるって感じだったし、
逐一チェック入れてくれたから、頼まれる方も
安心できたし」

 「……確かに」

 結子のもっとも過ぎる意見に、蛍里は少し
寂しげに頷いた。

 そして、窓の外に目をやった。

 季節はあの時と同じで、街ゆく人は木枯ら
しに肩を竦め足早に歩いている。

 蛍里はその様子を眺め、小さく息をついた。







-----彼がこの会社を去ってから、一年が過ぎた。

 あれから、蛍里の周囲ではいくつかの小さな
変化があった。

 その一つは、榊専務の後任として森専務が
来たことだ。

 そのことにより、職場の空気が以前より悪く
なったのは、誰の目にも明らかで、蛍里はこう
して結子と愚痴をこぼすことが増えている。

 そしてもう一つは、合併を機に洋食のフラ
ンチャイズ店舗が増えたこと。

 この店舗業態の拡大に伴い、何人かの社員が
異動となった。

 その一人が滝田だ。

 彼はエリアマネージャーとして50以上ある
店舗を巡回しながら、日々、スタッフ教育や
フォローに追われている。

 以前のように、社内で顔を合わせることも
少なくなり、そういった小さな変化も蛍里は
寂しかった。

 「何だか、変わってほしくないことに限っ
て、変わっていきますよね。自分だけ取り残
されてくみたいで、寂しいです。滝田くん、
元気にやってるでしょうか」

 蛍里は何となく、頭に浮かんだ言葉をその
まま口にする。