アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

 今回の移送にあたり、念の為、セシリアには藤色のウィッグをつけてもらうことにした。

 もしかしたら、オルキデアの執務室に藤色の髪の民間人女性が、頻繁に出入りしていたのを覚えている者がいるかもしれない。
 また、その女性とは別に、オルキデアが「記憶障害の民間人」を執務室で監視しているという話を知っている者もいるだろう。
 つまり、オルキデアの執務室には、オルキデアとその関係者を除いて、二人(・・)の民間人が居ると思っている者がいても、おかしくない。

 それを利用して、セシリアには藤色の髪のウィッグをつけて出てもらう。
 確かにオルキデアの執務室に藤色の髪の女性はいた。
 ただ、顔はセシリアなので、アリサでは無いと軍部に思わせる。
 そうすれば、オルキデアが監視していた女性とアリサは別人だったと考えるだろう。
 それが、オルキデアの狙いだった。

 後から、あの女性はアリサだったのではないかと思われて、移送先の病院に押しかけられても困る。そこに、アリーシャはいないからだ。
 けれども、ここで藤色の髪の女性がアリサでは無いと思わせておけば、その確率は減る。

「アリーシャさんに似ているなら良かったです。これならきっと大丈夫ですね」
「アリーシャが保証するなら大丈夫だ。では、行くぞ」

 セシリアを促して執務室から出ようとしたオルキデアだったが、上着の裾を引っ張られて立ち止まる。
 振り向くと、心配そうな顔で裾を掴むアリーシャの姿があった。

「アリーシャ」
「す、すみません……! つい、掴んでしまって」

 裾を離すと、アリーシャは「すみません……」と消え入りそうな顔で謝る。

「なんだか、今生の別れのようになってしまったので、思わず掴んでしまいました……」
「今生の別れか……」
「オルキデア様と離れたこと、王都に来てからは無かったので、なんだか不安になってしまって……。決して、クシャースラ様に不安がある訳じゃないんです。ただ、なんだか不安で……」

 言われてみれば、王都に来る直前の国境沿いの基地で、アリーシャに薬を盛られた事件があった時から、ほぼ同じ時間を共に過ごしていたように思う。
 それなら、アリーシャが不安に思う気持ちも無理はない。
 ここまで、別行動を取ったことは無かったのだから。

「すみません。こんなことを言うべきではないですよね。皆さん、私の為にこの作戦を考えて、協力して頂くのに」

「アリーシャ」と声を掛けると、アリーシャはじっとオルキデアの顔を見つめてくる。

「心配なんだろう? この作戦と俺たちのことが」

 この作戦が失敗したら、オルキデアもクシャースラも、減給や降格どころではないかもしれない。
 今後の軍での身の振り方にも関わってくるだろう。

「そうかもしれません。皆さんの身に何かあったらと思うと、胸が苦しくなるんです」

 胸元で力強く握るアリーシャの手に、オルキデアは自らの手を重ねる。

「大丈夫だ。だから、そんなに強く手を握るな」

 オルキデアの言葉に、アリーシャの手に込められた力が緩くなる。

「君は随分と心配性なんだな」
「だっ……それは今まで自分の為に、誰かがこうやって動いてくれたことが無かったので……」

 アリーシャの赤らめる頰に片手を添える。
 頰に添えられたオルキデアの手にアリーシャは視線を向ける。

「こんなことは、これからもっと増えるぞ。今の内に慣れておけ」
「慣れるって、どうやって……」
「あと、これもな」

 そして、アリーシャの前髪を掻き分けると、顔を近づける。
 露わになった白い額に、そっと口づけを落としたのだった。