アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

 アリーシャを保護した際に、王家に縁の者のみが着用を認められる白色の軍服を着ていた事から、シュタルクヘルトの元王家の関係者であろう事は予想していた。
 まさか、元王家であるシュタルクヘルト家の娘だとは思わなかったが。

「世が世なら、王女か」
 シュタルクヘルトが王家を廃止しなければ、アリーシャは王女として扱われていた。
 敵とはいえ、名ばかりの貴族であり、ただの少将であるオルキデアとは、出会わなかっただろう。

「アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトについて、何かわかったか?」
「いいや、おれも新聞を読んで、初めて存在を知った。……調べてみたが、これまではあまり表舞台に出てこなかったようだな。記録がほぼ見つからない」

 オルキデアはアリーシャに渡したバック以外にも、クシャースラにはアリサ・リリーベル・シュタルクヘルトについて調べて欲しいと頼んでいた。
 昨晩もオルキデアは遅くまで調べたが、シュタルクヘルトの新聞以上の情報を見つけられなかった。
 どうやらそれは、クシャースラも同じだったようだ。
 よほど、大切に箱入り娘として扱われてきたのか、それともーー。

 その時、仮眠室の扉がそっと開かれた。
「あの!」
 アリーシャの声に話を中断すると、二人は仮眠室を振り返る。
 アリーシャはおずおずと部屋に入ってくると、乱雑に積み重なった書類や本を避けながら二人に近づいて来る。
「着替えてみました。どうですか……? 変じゃありませんか?」
 アリーシャは女性捕虜用の作業服から、襟元に黒色のリボンが付いた白色のブラウスと、足首まで隠れる黒色のロングスカートに着替え、靴も踵の低い黒色のエナメルに履き替えてきたのだった。

「おおっ! サイズが合ったようで安心しました。よくお似合いです」
「あ、ありがとうございます。 オウェングス様」
「そこまで畏まらなくても大丈夫です。クシャースラ、で構いません」
 これまで、オルキデアは、アリーシャの手術衣か捕虜の作業服姿しか見た事がなかった。
 だからだろうか、頬を上気して弾んでいるアリーシャに、どこか不思議な気持ちになる。

「このお洋服も仕立ての良い生地で出来ていますよね……。洋服や下着だけではなく、化粧品や女性用品まで頂いてしまって……。クシャースラ様の奥様にもよろしくお伝え下さい」
 クシャースラは首を振った。
「いえ。おれと妻だけのおかげではありません。それらを用意して欲しいと言ったのは、このオルキデアなんです」
「そうなんですか? オル……ラナンキュラス様?」
「あ、ああ……」
「ありがとうございます! とっても嬉しいです!」
 オルキデアに向かって、アリーシャは破顔する。
 これまで見た中で、一番嬉しそうな表情だった。

 菫色の瞳にじっと見つめられて、ドキリとオルキデアの心臓が高鳴った。
 先程から自分はどうしたのだろうか。
 アリーシャを前にして、こんなに緊張した事など、これまでなかった。
 一夜限りだが、女性と付き合った事もあるというのに。
 けれども、アリーシャはその女性らの誰とも違っていた。
 何がと聞かれてもわからないが、何かが。