アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

「この時間に来たということは、昼食の誘いか」
「そうだ。たまには一緒にどうかと思ってな」
「悪いな。おれは今日もこれなんだよ」

 自慢げに執務机の上から持ち上げたのは、昨日と同じ包みであったーーどうやら、今日は忘れずに持ってきたらしい。
 無論、それも計算済みだった。
 鼻で笑うと、「奇遇だな」と返す。

「実は俺も同じだ」

 機密文書の様に大切に抱えていた黒い布包みを持ち上げると、クシャースラは嘆息したのだった。

「……なんだ、愛妻弁当を自慢しにきたのか」
「それ、これまで散々やってきたお前が言えるのか?」
「自慢しても怒らないのがお前さんくらいだからな。……他の兵、特に結婚してない奴の前ですると、大変な目に遭う」

 実際に経験したのか、親友は目を逸らすと力なく笑ったのだった。

 せっかくなので、そのままクシャースラの執務室で昼食をいただくことにする。
 応接テーブルの書類と本の山を整理して、二人分のスペースを確保すると、二人は腰を下ろす。

 コーヒーを配ると、黒い布包みを解く。中からは銀に光る真新しい弁当箱が出てきた。
 弁当箱は屋敷にないので、きっと買いに行ったのだろう。
 弁当箱を選ぶアリーシャの姿が思い浮かび、また笑みを浮かべてしまう。

「お前さん、さっきからずっと笑っているな」
「そうか?」
「顔が緩んだままだ。まさか、午前中はその顔でずっと仕事してたのか?」

 口元に触れると確かに緩んでいたようだ。
 言われてみれば、アルフェラッツもラカイユも何か言いたげだった。
 ここに来るまでにすれ違った兵たちもまた同じ。
 気づかないうちに、顔が緩んでいたのだろうか。
 そんな半日を思い返して、「そうかもしれん」と納得せざるを得なかった。

「上機嫌なのは悪いことではないが……。まあ、いいか。あのラナンキュラス少将も愛妻弁当で喜ぶ様な男だってわかって」

 うんうんと頷く親友を無視して弁当箱の蓋を開ける。
 食べようとしたところで、隣の弁当箱が目に留まる。
 厳密には、弁当箱の中身だったがーー。

「おい、クシャースラ……」
「ああ、お前も気づいたか……」

 弁当箱のサイズや配置こそは違うが、中身を見比べた二人の声は自然と揃う。

「全く、同じ中身……」

 中に入っているおかずからサンドイッチの具材まで、二人の弁当は同じ中身であった。
 クシャースラは大きく溜め息をついたのだった。

「……どういうことだ。子供の弁当じゃあるまいし、二人揃って同じものなんて……」
「それはこっちの台詞だ。あの二人、一緒に作ったのか?」
「いや、今朝はいつも通りだったぞ。昨日も会ってないんじゃないか。
 昨日は花屋の仕事が休みだったから、夕方過ぎまで学友と遊んで来て……。いや、待てよ」

 何かに気づいたのか、クシャースラは思い出そうとする。

「そういや、昨日の夜、仕事から帰ったらセシリアがずっと電話していたな。そこそこ遅い時間帯に珍しく長電話をしていたから、お義母(かあ)さんと話しているのかと思ったが……」
「それなら、電話の相手はうちのアリーシャじゃないか。長々と電話しているから、押し売りの電話かと、相手を聞いたら、『セシリア』って答えたからな」

 メモの傍ら、「セシリア」と手書きで教えられたのを思い出す。
 その際にメモしていたのは、何かのレシピのようだったがーー。