アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

「そうだったな。昨日は忙しくてすっかり忘れていた」
「それで、やっぱり、オルキデア様も結婚されたのでお弁当の方がいいかと思って、セシリアさんに作り方を聞いて作ってみました。
 形も不格好で、食堂よりは美味しくないと思いますが……。あの、勝手なことをしてすみません……」

 怒られると思っているのか、ふるふると震えながら新妻が差し出す布包みを、オルキデアは宝物の様に大切に受け取る。
 アリーシャが顔を上げたのと同時に、「ありがとう」という言葉が、するりと口から出てきたのだった。

「謝らなくていい。せっかくお前が作ってくれたんだ。大切に食べる」
「お口に合わないかもしれませんが……」
「お前の作る食事が不味かったことなど、一度だってないさ。食べるのが勿体ないくらいだ」
「ちゃんと食べて下さいね! 痛まないものを選んだつもりですが、なるべく早く食べて下さい」
「わかった。昼には食べる」

 礼を言い足りなくてアリーシャを抱きしめると、昨日と同じ様に口づけを交わして屋敷を出る。
 歩きながらも、自然と目線は腕の中の布包みにいってしまう。

 アリーシャには言わなかったが、久しぶりに一人で食べた食堂の昼食は何かが物足りなかった。
 ここ最近、愛妻手製の愛情のこもった料理を食べていたからだろう。
 食堂で給仕される昼食は、栄養価は考えられているが、想いが足りない。
 一方、アリーシャの温もりが今も残る弁当には、彼女の想いが込められている。
 アリーシャの想いがーー。

(昨晩の物言いたげな目は、弁当のことだったんだな)

 セシリアから弁当の話を聞いてから、弁当を作ったら食べてくれるか、受け取ってくれるか、と気になっていたのだろう。
 あの時も、勇気を振り絞って、弁当を食べるか聞いてきたに違いない。

(全く……)

 慣れない弁当作りをする愛妻の姿が見える気がして、自然と笑みが溢れる。
 声も漏れていたのだろう。周りにいた人々が、オルキデアから距離を空けた。
 それを気にすることもなく、オルキデアは天にも昇る心地になりながら、軍部へと向かったのだった。

 昼時になると、オルキデアはトレーに二人分のコーヒーを載せて、とある執務室を訪れていた。

「クシャースラ。いるか?」
「いるぞ。こっちだ」

 執務室で書類を束ねていたクシャースラ付きの部下からの敬礼に答えつつ、オルキデアは執務室の奥に向かう。

「何をやっているんだ?」
「何って、身辺整理だよ。おれもいつまた王都を不在にするかわからないからな」

 床の上に書類や本の山をいくつも並べていたクシャースラは、重ねた山を崩さないように傍に寄せたのだった。

「そうだな。言われてみれば、俺たちは王都を不在にする方が多いからな、こんなに長く逗留する方が珍しい」

 オルキデアも、クシャースラも、作戦指揮の為、一年の大半を王都以外で過ごすことが多い。
 特に、クシャースラは第三王子の慰問の護衛も請け負うので、オルキデア以上に王都を不在にしていた。

「いつまた不在にするか分からないが、その時はセシリアとお義父さんたちをよろしく」
「お前こそ、その時はアリーシャを頼む」

 近づいて来たクシャースラに肩を叩かれると、将官の顔になって部下に休憩を取るように指示する親友を見つめる。
 部下が退室すると、「で?」といつもの顔に戻った親友に問い詰められる。