アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

「いつから居たんだ?」

 パタパタと膝についた砂を叩きながら、オルキデアが立ち上がると「いまさっきです」と返される。

「お風呂から出て、オルキデア様のお部屋に行こうとしたら、窓から見えたので……」
「風呂上がりだったのか。湯冷めするぞ。部屋に戻ろう」

 言われてみれば、アリーシャの頬はほんのり上気しており、月に照らされる髪もうっすら濡れているようだった。
 オルキデアが促すと、「少しだけ!」と首を振ったのだった。

「お風呂が熱かったので、湯冷めしない程度に夜風に当たりたくて……」
「だが……」
「それに……もうすぐ休暇が明けると聞いたので、少しでも同じ時間を共有したいんです」

 少し前に、アリーシャにはもうすぐ休暇が明けて、仕事に戻る事を話していた。
 あの時は聞き分けよく、「わかりました」と返していたが、実際のところは違ったのかもしれない。

 執務室に仮住まいしていた時とは違い、少なからずアリーシャのーーアリサの顔を覚えている者がいる軍部に、気軽に連れて行く訳にはいかない。
 出入りの際に、警備の兵や事情を知らない兵たちに怪しまれたら、それこそ移送させた意味がない。

 オルキデアが仕事に行っている間、アリーシャには屋敷で留守番を頼むことになる。
「屋敷内が静かで怖い」と言っていたアリーシャを一人にするのは心苦しいが、親友夫婦もコーンウォール夫妻も、それぞれ仕事や家庭を持っているので安易には頼めない。
 他に頼める者もいないので、一人きりで屋敷で帰りを待つことになるのだった。

「あ、でも。お邪魔でしたら部屋に戻ります。一人きりになりたい時もあると思うので……」

 この場から立ち去ろうとしたアリーシャに、「ここに居ていい」と努めて優しく返す。

「庭の花を見ていただけだからな。気にしなくていい」
「庭の花ですか……。どれも綺麗ですよね」
「そうだな。だが、隣の紫の花には負けるな」

 シュタルクヘルトという名の隣国からやって来て、今もオルキデアの傍らで艶然と微笑んで咲き誇る「紫の花」をじっと見つめながら、さも当然のように話す。

「隣の紫の花」と言われて、アリーシャはキョロキョロ探していたが、やがてオルキデアの視線から自分だと気づいたのだろう。
 ますます顔を赤くして、「もう……」と声を漏らしたのだった。

「いつものように話すという事は、私の気のせいだったんですね」
「何かあったのか?」
「なんだか、クシャースラ様とお出かけに行ってから、元気が無さそうだったので……」

 月夜に溶けてしまいそうな、濃い紫色の瞳を大きく見開いてしまう。

「……そう見えたか?」
「なんとなくですが……。見間違いでしたらすみません」
「いや、間違いではない。……俺としたことが駄目だな。お前に心配をかけて」

 嘆息すると、「違います」と柔らかく返される。

「いつも私が迷惑かけて、助けていただいてばかりいるから、お役に立てないかと思っただけです」
「そんなことはない」

 即座に否定すると、アリーシャは小さく微笑む。

「あの、もし聞いていい話なら、聞いてもいいですか? 私には話しを聞くくらいしか出来ませんが、口にしたら軽くなることもあると思うんです」
「……そうだな」

 自嘲めいた笑みを浮かべると、オルキデアは昼間にティシュトリアと会ったことについて、話したのだった。