アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

 一方、セシリアと共にオルキデアたちを見送ったアリーシャも、意外そうな顔でセシリアを見つめていた。

「どうしましたか?」

 そんなアリーシャの様子に気づいたセシリアが、不思議そうに首を傾げる。

「セシリアさんも、ああいうことをやるのが意外で……」
「ああいう……? ああ、今のお見送りですね」

 アリーシャが頷くと、「結婚の際に二人で交わした約束なんです」とセシリアは遠くを見つめる。

「どちらかを見送る際は、頬に口づけを交わし合う。という、約束なんです。
 他にも色んな約束をしました。
 どちらかが疲れている時や、落ち込んでいる時は、美味しい食事と温かいお風呂を用意する。寂しい時や悲しい時は側に居る、などです」
「そんなにたくさん……」
「でも、一番はお互い健康でいること。これに勝るものはありません」

 セシリアに促されて、一緒に室内に戻りながら、気になったことを尋ねる。

「でも大変じゃないですか。そんなに約束事を交わしていたら」
「そうですね。時には上手くいかなくて、喧嘩することもあります。でも、最後に仲直りが出来ればいいんです。どちらかが……いえ、お互いに謝って、許して、元通りになれば……」

 紅茶の用意をするという、セシリアを手伝って、アリーシャもキッチンに向かう。
 キッチンに入り、セシリアが薬缶で湯を沸かしている間、アリーシャはセシリアが用意してくれた陶器のティーセットを軽く洗い、ティーカップとティーポットに別に沸かしたぬるま湯を注いで温めていた。

「ところで、アリーシャさんはオーキッド様と何か約束事を交わしていますか? 私とクシャ様の様に」
「そうですね……。遠慮や我慢をしないというところでしょうか。
 出会ったばかりの頃は、遠慮して我慢をしていましたが、オルキデア様が何度も『遠慮も我慢もしなくていい』と気遣ってくださって」
「オーキッド様らしいです」

 クスクスと、セシリアが笑う。

「オーキッド様は他人に興味がないように見えますが、昔からよく周囲を見ているんです。
 結婚に迷っていた私を後押ししてくれたのもオーキッド様なんです。
 誰にも話していないのに、私がクシャ様との結婚を迷っていることに気付いて、クシャ様について話してくださったからなんです」
「そうだったんですね」
「きっと、アリーシャさんのこともよく見ていたんだと思います。それで声を掛けたのかと」

 アリーシャは自分のつま先に視線を落とす。
 セシリアが用意してくれた茶葉を注いだところで、丁度、薬缶の湯が沸いた。
 セシリアがティーポットに湯を注ぎ、そっと蓋をしたところで、アリーシャは口を開く。

「……そうだと嬉しいです。こうやって誰かに気遣われるのは久しぶりで、なんだか嬉しいような、恥ずかしいような、こそばゆい気持ちになるんです」
「そうですよね。照れてしまいますよね」

 アリーシャは温めていたティーカップの湯を捨てると、蒸らしたばかりのティーポットの紅茶を注ぐ。
 琥珀色の液体と共に柑橘系の香りがキッチンに漂う。柑橘系の香り付き茶葉なのだろう。

 アリーシャが紅茶を用意している間、セシリアはアップルパイをオーブンで温めていた。
 セシリアによると、ここのアップルパイはオーブンで温めると、焼き立ての様にパイ生地のサクサク感が増すらしい。
 先程、オーブンの用意が出来たので、今はアップルパイが温まるのを待っていたのだった。

 アップルパイは、一人用の小さいサイズを四個持って来ていた。
 元々は六個購入して、アリーシャたちの分として、その内の二個を取り出すと屋敷の冷蔵庫に置いてきていた。
 残りのアップルパイは買った時の箱に入れたまま、全てセシリアに渡したのだった。