アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

 実際にクシャースラと恋人になって、しばらくしてからお互いの愛情が一方通行になっている気がして、セシリアにも悩んだ時期があった。
 自分がクシャースラに向ける愛情は、彼にとっては迷惑ではないか。本当は彼は自分を愛していないんじゃないかと。
 けれども、その悩みはクシャースラも同じだったようで、どうしてセシリアは自分を頼ってくれないのかとクシャースラなりに悩んでいたらしい。
 それがわかってからは、気持ちは軽くなった。
 彼との結婚を決める契機となったのだった。

「オーキッド様はお父様から受けた男性が向けてくる愛情しか知りません。女性が向けてくる愛情を知らないので、きっと戸惑ってしまったのです。アリーシャさんが側にいて、役に立ちたいと言ったので……。
 オーキッド様にとっては、自分を頼ってくれれば、それでいいと思っていたのかもしれません」
「私、おかしなことを言ってしまったのでしょうか……」
「そんなことはありません。どんな女性も、好きな男性にはそう思うものです。
 好きな男性に頼ってばかりいるのは、心苦しいものです。それは私もそう……。
 同じように、男性も好きな女性にばかり頼って、負担をかけるのは気まずいようです」

 シフォンケーキをフォークで二つに切り分けると、セシリアは片方を自分に、もう片方を愛する夫に見立てる。

「それならせめてと、私たちは家庭について、お互いに役割を分担することにしました。
 どちらかが不在の時や忙しい時は、もう一人が全てを行います。
 これなら、片方にばかり頼ってしまうということは少なくなるので」

 クシャースラが不在時は、セシリアが家庭について全般を行う。
 セシリアが忙しい時は、クシャースラが家庭について全般を行う。
 二人が一緒にいる時は、料理や洗濯はセシリアが、掃除や買い出しはクシャースラが担当する。

「今の私は、全てオルキデア様に頼ってしまっているんです。
 出会ってから、ずっと守られて、そのまま頼っている状態になっていて。
 それだと、なんだか私が頼りないって言われているみたいで……頼りないのは事実なので、否定はしません。
 でも、私は子供でも、客でも無いんです。ずっと、この関係でいる訳にはいかないんです。
 このまま、今の状態で別れてしまうと、ずっとこの関係が続いてしまうような、そんな気がしてしまって……」

 スプーンを握りしめると、アリーシャは俯く。

「私は認めて欲しいんです。オルキデア様に一人の女性として。
 悩んでいる時は一緒に悩んで、大変な時は私も駆けつけて力になりたい。
 お仕事が忙しい時は、美味しい料理を作って、労いの言葉をかけたい。
 疲れた時は、膝枕をして疲れを癒してあげたい。
 一人の女性として、もっと頼られたいんです。
 だって、私はオルキデア様のことが好きだから……」

 セシリアはそこまで思われているオルキデアが羨ましく思えた。
 口元を緩めると、友人を見つめる。

「それなら、その気持ちをもう一度、オーキッド様に伝えてみましょう。大丈夫です。私がついていますので」
「本当に大丈夫ですか……?」
「ええ。それでもダメなら、私からも話してみます。私も妬いてしまうくらい、ここまで想われているのに、どうしてダメなのか、私も気になります」

 それでもダメなら、自分の夫も巻き込もう。
 誰よりも、二人が幸せになることを願っていた夫なら、協力してくれるはず。
 何故か、この時のセシリアにはそういう確信があった。

「ありがとうございます。セシリアさん」

 綺麗な菫色の瞳に涙を溜めて、鼻をすするアリーシャに、セシリアは思いついたまま話す。

「アリーシャさん。この後は空いていますか?」
「はい。空いていますが……」
「もしよければ、一緒に作って、オーキッド様を驚かせてみませんか」

 キッチンを指差したセシリアに、アリーシャは首を傾げたのだった。