アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

「貴方はそう思っていても。相手の気持ちは変わるかもしれないわ。女って、移り気やすい生き物だもの」
「そうですね。母上がいい例です」

 鼻で笑ってきた息子の態度が気に食わなかったのだろう。ティシュトリアは唇を噛み締めた。

「それはそうと。そのアリーシャさんは顔を出さないの? 義母(ははおや)が来ているというのに。それとも出掛けているのかしら?」
「ここにいますよ。もしかしたら、支度に手間取っているのかもしれません。母上にご挨拶したいと言っていたので」
「そう。支度だけかしら。もてなしも無いの?」
「そっちに時間がかかっているのかもしれません。様子を見て来ます」
「それなら、私が行くわ。屋敷内をじっくり見たいもの」

 前回の一件があった以上、アリーシャとティシュトリアを二人きりにするのは不安だった。
 即座に「俺が行きます」と立ち上がる。

「いいのよ。オーキッドは座っていて。私が見てくるから。アリーシャさんは厨房にいるのかしら?」
「それを含めて俺が行きます。母上はここでお待ち下さい」
「屋敷の中を見せてくれないの?」

 甘い声でねだってくる母の姿にうんざりしてしまい、つい語調を強めてしまう。

「屋敷の中は帰る時に見て行って下さい! でも、アリーシャは駄目です。
 母上には俺が自慢する妻の……自慢のアリーシャの姿だけを見て欲しいんです。……それ以外は、俺だけのものにしたいんです」

 それだけ告げると、ティシュトリアを置いて応接間を出る。
 部屋から離れると廊下に手をついて、大きく息を吸う。

(何を言っているんだ。俺は……)

「自慢のアリーシャの姿だけを見て欲しい」というのは、まるでそれ以外の姿は見せたくないと、引いてはそれ以外の姿は自分だけのものにしたいと、言っているのも同然ではないか。
 彼女は誰のものでもない。それなのに、彼女を独占するような発言をしてしまった。
 いくら母の発言に流されてしまったとはいえ、冷静さを欠く発言だった。

「落ち着かなくては。いつものように」

 厨房に向かいながら、オルキデアはぶつぶつと呟く。
 仕事の時のように落ち着かなくては、と考えた時に、ふとアルフェラッツから報告があった「とある噂話」を思い出す。

(試してみる価値はあるな……)

 これを使ったら、今後の親子関係は修復不可能なものとなる程に亀裂が入るが今更だ。
 母には現実を教えなければならない。

 ーー今後、オルキデアが平穏な生活を得る為にも。

「アリーシャがその場にいなかったのだけが幸いか」
「何が幸いなんですか?」

 情け無いことに、危うく声を上げるところだった。
 いつの間にか、目の前には赤銅色のドレスに着替え、頭の上で髪を一つにまとめたアリーシャが立っていた。

「ア、アリーシャ……どうして、ここに……」
「支度が終わったので、何かお飲み物を持って行った方がいいのかと思って。これから聞きに行くところでした」

 不思議そうな顔をするアリーシャに、「そ、それは助かる」と返す。

「俺も今から取りに行くところだった。一緒に行こう」

 二人で厨房に向かいながら、オルキデアはざっくりとティシュトリアについて話す。

「……と言うことなんだ」
「やっぱり、ティシュトリアさんは気になりますよね。オルキデア様が急に結婚されたので……」

 厨房に入ると、すぐにアリーシャは湯を沸かす。
 湯が沸くまでその場を任せると、オルキデアはアルフェラッツから報告があった「とある噂話」について確認したく、急ぎ部屋に戻ったのだった。