「とりあえず、対策を考えねばならんな」

 食事はすっかり冷めてしまったが、女性は少しずつ口に運んでいた。

「対策?」
「ああ。今後は食事は毎食、俺の信頼出来る部下に持って来させよう。それなら、薬を混入させられる心配はなくなる」

 信頼出来る部下の手配は、オルキデアの直属の部下であるアルフェラッツに任せよう。
 どの兵が、どの兵に食事を運ぶように指示したのか、先程、食事を運んできた新兵を通して、アルフェラッツに調べてもらおう。
 人脈も多いアルフェラッツなら、上手く犯人まで辿り着けるだろう。

 ベッド脇に丸椅子を持って来て、足を組んで座っていたオルキデアだったが、足を組み直すと、確認するように話す。

「肝心の薬を盛る兵だが……。そうだな、顔を見たらわかるか?」
「多分、わかると思います。でも、どうするんですか?」
「ああ。俺が犯人を捕まえる」

 女性を怯えさせ、泣かせるのは、オルキデアの本意ではない。
 ただでさえ、記憶が無くて、頼る当てもなくて、不安に感じているはずだ。
 せめて、オルキデアだけでも、女性を守らなければならない。

「ラナンキュラス様が?」
「君をここに連れて来たのは俺だ。
 俺は俺が連れて来た君について、責任を持たねばならない」

 薬の種類から入手先も特定したいが、その薬が盛られていたという食事は、犯人が証拠を隠すために、もう処分してしまっただろう。
 とにかく、まずは犯人を見つけなければならない。

「顔がわかるなら、君を兵たちに会わせるのが一番早い。だが、怪我をしているシュタルクヘルト人の君を出す訳にもいかん」

 ただでさえ、訳ありらしいのに、不必要に他の兵に会わせて、妙に勘ぐられたくもない。
 はあ、と溜め息が漏れる。

「君をこの部屋から出せれば早いが、自由にさせる訳にもいかんからな」
「それなら!」

 女性はフォークを置くと、オルキデアの方を振り返る。

「まだ、もうしばらくは、これまで通りに食事を運ばせて下さい。薬が盛られていたら、知らせるので」
「いいのか? それでは、また危険な目に……」
「いいんです」

 女性はオルキデアの言葉を遮ると、小さく微笑を浮かべて頷く。

「だって、守られてばかりは嫌なんです。
 貴方が私について責任を持つのなら、私も自分のことくらい、自分で責任を持ちたいんです。
 そうすれば、どんな結果になっても、きっと後悔せずに済むから」

 オルキデアは目を伏せると、「そうか」と呟く。

「それなら、薬が盛られていたら、すぐに俺に知らせてくれ。
 夜半にこの部屋で待機して、犯人を捕まえよう」
「いいんですか?」
「気にするな。こうなる可能性を考えていなかった俺の責任だ」

 一瞬、泣きそうな顔になった女性だったが、すぐに顔を引き締めると、頭を下げたのだった。

「ありがとうございます。ラナンキュラス様」
「ところで、名前はどうなった?
 記憶が戻るまで使う仮の名をつけると、医療班は言っていたが」
「それが……。いくつか候補をいただきましたが、どれもしっくりこなくて……。
 何といえばいいのか……記憶はないけれども、自分の中から『これじゃない』って、訴えてくるんです」

 そうして、掛布を握りしめて、女性は真っ直ぐに見つめてきたのだった。

「あの、ラナンキュラス様は、何かいい名前はありますか?」