アリーシャの父はともかく、母は娼婦という仕事柄、夜はアリーシャを寝かしつけるとそのまま仕事に行っていた。
幼い頃は、母が仕事に行った後にふと起きてしまい、娼婦街の喧騒を聞きながら、真っ暗な部屋で一人過ごす夜に不安と寂しさを感じていた。
けれども、母を心配させたくなくて、不安や寂しさを口に出来ないまま、母と死に別れてしまった。
「夜中にふと目が覚めて起きてしまうと、家には自分ひとりしかいなくて、なんだか自分だけが取り残されてしまったような気持ちになるんです。
もし、このまま母が帰ってこなかったらどうしよう。私はひとりぼっちになるのかなって……」
あの時は、まだかろうじて娼婦街の喧騒が救いとなっていた。
けれども、シュタルクヘルト家ではそういった存在は無かった。
屋敷内はかろうじて使用人たちの足音や物音、他の兄弟姉妹の声や足音が聞こえるが、アリーシャがひとりぼっちなことに変わりは無かった。
「だから、今はこうして誰かの温もりを感じられる事に安心しています。
一人じゃないって、思えるので」
オルキデアは目を開けると、アリーシャのさらさらした髪を撫でる。
「明日からもこの部屋に来るか? こんなのでよければ、いくらでも付き合ってやる」
「いいんですか?」
「ああ。俺も君の温もりを感じながら眠れるからな。……寒いのはごめんだ」
「寒いのは苦手ですか?」
意外そうな顔で、アリーシャは瞬きを繰り返す。
「北部の戦場を思い出すからな」
「北部にいたことがあるんですか?」
「二年ほどな。特に冬の戦場は最悪だったな。死を覚悟したくらいだ」
「……そんなに酷い戦場だったんですか?」
「そうだな……特に二年目の冬は最悪だった。俺以外みんな死んだからな」
オルキデアの言葉に、アリーシャは菫色の目を大きく見開いたのだった。
オルキデアが北部基地に所属していた頃は、上官からの暴力は勿論、民間人からの略奪、捕虜の女性兵士への乱暴など酷い環境化であった。
新兵だったオルキデアにはなす術はなく、ただ上官からの暴力に耐えて、戦場では敵と戦う日々を送っていた。
二年目の冬に、北部軍は大きな侵攻計画を立てた。
当時、敵軍の基地があった北部の山沿いを襲撃するという作戦だった。
ペルフェクトだけでなく、シュタルクヘルトにも共通するが、冬は雪の影響で北部基地まで物資や武器が届きづらい。
到着まで、通常の倍の日数がかかっていた。
本来、冬は両国共にそれぞれ自軍の基地にこもり、春以降の戦闘に向けて、作戦の立案や部隊の再編成を行う時季であった。
しかし、この年は秋の暮れに、敵国の基地の一つを制圧間近まで追い込んでいた。
それもあり、例年この時期には行わない作戦を実行することになったのだった。
結果として、作戦自体は成功した。
明け方のまだ暗い時刻に基地を襲撃し、制圧した。
大半の捕虜を捕らえ、また自国の捕虜を解放した。
そこまでは良かった。
しかし、そこからが最悪だった。
その歳は両国共に大寒波に見舞われた。
元々、ペルフェクトの北部は雪深い地域であったが、それ以上の降雪量であった。
当初は制圧した基地まで届いていた支給も、降雪で道が閉ざされると、やがて届かなくなった。
それは敵国も同じようで、捕虜と引き換えに物資を寄越せと言っても届かず、やがて遣いに出した兵も降雪が原因で基地に戻って来なかった。
やがて基地にあった食料や水が不足すると、体力がない捕虜から順に餓死者が出るようになった。
このままでは全員が死んでしまう。
そこで当時の指揮官は、体力に自身がある兵や新兵を救援を求めて北部基地に送ることにした。
その中の一人が、オルキデアであった。
二十人くらいで部隊を組んだオルキデアたちだったが、どこも降雪で道が封鎖されており、予定のルートから迂回し続けた。
侵攻時は数日で辿り着いた道のりも、迂回を繰り返したことで、一週間、二週間とかかった。
その間、寒さと飢えから脱落者が出たが、オルキデアを含めた兵たちは、彼らを置いて基地を目指した。
幼い頃は、母が仕事に行った後にふと起きてしまい、娼婦街の喧騒を聞きながら、真っ暗な部屋で一人過ごす夜に不安と寂しさを感じていた。
けれども、母を心配させたくなくて、不安や寂しさを口に出来ないまま、母と死に別れてしまった。
「夜中にふと目が覚めて起きてしまうと、家には自分ひとりしかいなくて、なんだか自分だけが取り残されてしまったような気持ちになるんです。
もし、このまま母が帰ってこなかったらどうしよう。私はひとりぼっちになるのかなって……」
あの時は、まだかろうじて娼婦街の喧騒が救いとなっていた。
けれども、シュタルクヘルト家ではそういった存在は無かった。
屋敷内はかろうじて使用人たちの足音や物音、他の兄弟姉妹の声や足音が聞こえるが、アリーシャがひとりぼっちなことに変わりは無かった。
「だから、今はこうして誰かの温もりを感じられる事に安心しています。
一人じゃないって、思えるので」
オルキデアは目を開けると、アリーシャのさらさらした髪を撫でる。
「明日からもこの部屋に来るか? こんなのでよければ、いくらでも付き合ってやる」
「いいんですか?」
「ああ。俺も君の温もりを感じながら眠れるからな。……寒いのはごめんだ」
「寒いのは苦手ですか?」
意外そうな顔で、アリーシャは瞬きを繰り返す。
「北部の戦場を思い出すからな」
「北部にいたことがあるんですか?」
「二年ほどな。特に冬の戦場は最悪だったな。死を覚悟したくらいだ」
「……そんなに酷い戦場だったんですか?」
「そうだな……特に二年目の冬は最悪だった。俺以外みんな死んだからな」
オルキデアの言葉に、アリーシャは菫色の目を大きく見開いたのだった。
オルキデアが北部基地に所属していた頃は、上官からの暴力は勿論、民間人からの略奪、捕虜の女性兵士への乱暴など酷い環境化であった。
新兵だったオルキデアにはなす術はなく、ただ上官からの暴力に耐えて、戦場では敵と戦う日々を送っていた。
二年目の冬に、北部軍は大きな侵攻計画を立てた。
当時、敵軍の基地があった北部の山沿いを襲撃するという作戦だった。
ペルフェクトだけでなく、シュタルクヘルトにも共通するが、冬は雪の影響で北部基地まで物資や武器が届きづらい。
到着まで、通常の倍の日数がかかっていた。
本来、冬は両国共にそれぞれ自軍の基地にこもり、春以降の戦闘に向けて、作戦の立案や部隊の再編成を行う時季であった。
しかし、この年は秋の暮れに、敵国の基地の一つを制圧間近まで追い込んでいた。
それもあり、例年この時期には行わない作戦を実行することになったのだった。
結果として、作戦自体は成功した。
明け方のまだ暗い時刻に基地を襲撃し、制圧した。
大半の捕虜を捕らえ、また自国の捕虜を解放した。
そこまでは良かった。
しかし、そこからが最悪だった。
その歳は両国共に大寒波に見舞われた。
元々、ペルフェクトの北部は雪深い地域であったが、それ以上の降雪量であった。
当初は制圧した基地まで届いていた支給も、降雪で道が閉ざされると、やがて届かなくなった。
それは敵国も同じようで、捕虜と引き換えに物資を寄越せと言っても届かず、やがて遣いに出した兵も降雪が原因で基地に戻って来なかった。
やがて基地にあった食料や水が不足すると、体力がない捕虜から順に餓死者が出るようになった。
このままでは全員が死んでしまう。
そこで当時の指揮官は、体力に自身がある兵や新兵を救援を求めて北部基地に送ることにした。
その中の一人が、オルキデアであった。
二十人くらいで部隊を組んだオルキデアたちだったが、どこも降雪で道が封鎖されており、予定のルートから迂回し続けた。
侵攻時は数日で辿り着いた道のりも、迂回を繰り返したことで、一週間、二週間とかかった。
その間、寒さと飢えから脱落者が出たが、オルキデアを含めた兵たちは、彼らを置いて基地を目指した。



