アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

「あの……。手を繋いでもいいですか?」
 クシャースラが恥ずかしそうに手を差し出すと、「ふふふ」とセシリアは声に出して笑う。

「はい。どうぞ」
 そうして、セシリアが差し出した手を大切そうにクシャースラは握り締めたのだった。

 手を取り合って店に戻って来た二人の姿を見て、店内から様子を伺っていた店主とセシリアの母親はクシャースラが上手くいったのだと知る。
 二人は何食わぬ顔をしながらも、若い恋人たちを優しい眼差しで見つめていたのだった。

 その日から、クシャースラはこの花屋の常連客となった。
 無論、目的はセシリアという一輪の花だったが。

 それから、セシリアが結婚を決意するまで、一年がかかった。
 セシリアの元に足繁く通って、それとなく説得をしたものの、お互いに仕事が忙しく、またセシリアが当時下町で流行っていた流行病にかかって、入院してしまった事もあり、思うように会えない日が続いた。

 そんな日々を乗り越えて、クシャースラが二十三歳、セシリアが十九歳となるこの年。
 二人は結婚する事になったのだった。

 セシリアが結婚を決めてすぐ、クシャースラは真っ先に報告したい相手を軍部に近い安酒場に呼び出した。

「悪い。遅くなった」
 まだ冬の気配が残る夕方、カウンター席の隅に座って、一人酒を飲む青年に声を掛ける。

「いや。俺もさっき来たところだ」
 セシリアと出会うきっかけをくれた親友のオルキデアは、空になったグラスを前に事も無げに言う。
 コートを脱いでオルキデアの隣に座ると、二人分のウイスキーを頼んだのだった。

「それで、話とはなんだ?」
「セシリアと結婚する事になった」
「……そうか。それはおめでとう」

 端的に、そして冷淡に聞こえなくもないオルキデアの声音に、クシャースラは隣りを見る。

「あまり嬉しくなさそうだな」
「そんな事はない。セシリアやセシリアの両親からもお前の話は聞いている。二人はお似合いだと思う」
「それじゃあ、どうして……」

 その時、二人の元に頼んでいたウイスキーが届く。
 それきり、その話は終わって、話題は仕事や社会情勢、シュタルクヘルトとの戦局に移る。
 再びその話題が出て来たのは、酔ったクシャースラが独り身のオルキデアの将来を心配した時だった。

「オルキデアも、そろそろ相手を見つけたらどうだ。そうすれば、戦勝パーティーや上官のパーティーで女を引っ掛ける事もないだろう?」
「あれは引っ掛けているんじゃない。あっちから勝手に寄ってくるんだ」

 この頃から、オルキデアが行く先々のパーティーで出会った女と一夜を過ごしているという噂を聞いていた。
 そんな事をしていたら、他の貴族や上官に目をつけられて、仕事がやりづらいだろうと心配しての言葉だった。

「それに俺は自ら女という弱点を作るつもりはない。……特定の女に振り回される人生はごめんだからな」
「そんな言い方……」
「事実だ。……父上はそれで身を滅ぼしたようなものだからな」

 そうして、オルキデアは自らの両親について教えてくれた。
 これまで、オルキデアから母親の話が一切出て来なかった理由が、ようやく判明したのだった。