アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)

「言ってくれたら手伝ったんだが……」
「お前も新兵として配属されたばかりで忙しいだろう。
 父上が懇意にしていたコーンウォール家……貴族から車を借りたから、運搬はすぐに終わったさ。ただ、整理するのが大変で……」

 その時、オルキデアの後ろで屋敷の玄関扉が開いた。
 コツコツと靴音を響かせながら、二人に近づいてきたのは、少女らしい可愛らしさと美しさを兼ね備えた女性だった。

「お客様ですか、オーキッド様?」

 愛らしい声で尋ねてきた女性は、黄金色の髪を首の後ろで一本の三つ編みにして、薄茶色のコートを羽織っていた。
 田舎の農家と士官学校という男所帯で育ってきたクシャースラには、眩しい存在に見えたのだった。

「ああ。士官学校時代の同期だ」
「まあ、そうでしたか」

 挨拶をされて、クシャースラは挙動不審になりながら返したような気がする。ーーこの時、緊張のあまり、頭の中が真っ白になっていた。

「立ち話もなんですし、中でお話しされてはいかがでしょうか? 私、お茶をご用意します」
「そうだな……そうするか?」
「あ、ああ……」

 一足先に戻って行った女性が屋敷の中に戻るなり、クシャースラはオルキデアを門の影に連れて行く。

「どうした? そんなに険しい顔をして……」
「オルキデア! 今のお嬢さんは誰だ!?」

 声を潜めるように、けれども力強く尋ねるクシャースラに、オルキデアは瞬きを繰り返す。

「誰って……。父上が懇意にしていた貴族の娘だが……」
「名前は!?」
「セシリア。セシリア・コーンウォールだ」

 後から思い返すと、この時、クシャースラはセシリアに一目惚れしたのだと思う。
 この日について、結婚後にセシリアに聞いたところ「とても挙動不審で、どこか怖かった」と言われてしまった。

 それまでは恋とは無縁のーー初恋さえまだだった、クシャースラにとって、セシリアとの出会いは衝撃的だった。
 どんな貴族の美姫よりも美しく、気取ったところのないセシリア。
 クシャースラの頭の中は、セシリアでいっぱいになっていたのだった。

 この日から恋人関係になるまで、クシャースラは仕事が休みの度に、オルキデアの屋敷と下町周辺を散歩するようになる。
 この時のセシリアはまだ十七歳。王都にある三年制の女子専用の高等学校に通っていた。
 学校が無い日は実家であるコーンウォール家の手伝いをしており、この日は丁度、母の代わりに屋敷の片付けをするオルキデアの手伝いに来ていたらしい。
 オルキデアが不在の時は、屋敷の管理や庭の手入れをコーンウォール家が頼まれているようで、両親だけでなくセシリアも時折、この屋敷内や庭の掃除を手伝っているらしい。

 その話を聞いたクシャースラは、オルキデアを訪ねる振りをしつつ、偶然を装ってセシリアに会いに来ていた。
 セシリアがいない日は、彼女が屋敷にやって来るまで、オルキデアの屋敷近くを彷徨いていた。
 オルキデアや近所の人がどう思うかといった事は考えられなかった。
 それくらい、この頃のクシャースラは冷静さを欠くまでセシリアに惚れ込んでいた。ーー周りが見えなくなるくらいに。