大阪の夏は思いの外暑い。

 その日も朝から蒸し暑かったのを紀子ははっきり覚えている。

 そして、その日の午後に掛かって来た電話が、自分の人生を大きく変える事になった事も……。


 三時の休憩時間中に会社へ電話が入った。


「紀子ちゃん、山崎さんて人から電話やけど」

「山崎さん……?誰やろ」

「私用の電話はあかんからね。要件が済んだらはよ切ってな」

「判ってます」


 同じ課の先輩事務員が嫌味たっぷりに言う。


「もしもし、お電話替わりましたが……」

(ノリちゃん、うちや、凜子や)

「なんや、凜子姉さん……ごめん、大きな声出してしもうた」

(雅子ちゃんにあんたの会社の電話番号聞いたんやけど、迷惑やった?)

「ううん。なあんも。ただ、余り長話しはでけへんから、仕事終わったら梅田辺りで会わへん?」

(そやな、電話で話すのも何やし、そうしよか)

「ほな、梅田の阪急前で」

(判った)


 一年半振りに聞く凜子の声に、紀子の心は浮足立った。


 雅子と姉妹とは聞いていたが、どういう訳か、これ迄再会の機会が無かった。

 雅子の話しによると、『エル·ドラド』の客と結婚したらしい。

 山崎と名乗っていたのは、今の姓なのだろう。

 五時の終業と同時に、紀子は急いで帰り仕度をした。

 皮肉たっぷりの嫌味を聞き流しながら、紀子は凜子との待ち合わせ場所へと急いだ。

 阪急デパートの正面入口の前に凜子は居た。

 少し痩せたせいか、優しかった面立ちが、キリッとした感じに変わっていた。


「凜子姉さん、ご無沙汰してました」

「ほんま、久し振りやね。雅子ちゃんからはいろいろ話しは聞いてたんやが、私もあの後暫くして店を辞めてな、今は東京におるんや」

「東京?」

「まあ、此処で立ち話もなんやから、お茶でも飲みながら話そ。積もる話しも山程あるし」


 二人は阪急デパートの中にある喫茶店に入った。