家の中に居てもふさぎ込みたくなることばかりで、本日オードリーはクリスを連れて市場に来ていた。
ちょっとした気分転換だ。後ろから一定距離を開けてついてくる従者に関しては気にしないことにする。

「ママ、どうしたの?」

「なんでもないわ。クリス」

娘に心配をかけるまいとオードリーは笑って見せる。しかし、クリスは母親の感情に敏感だった。嘘の笑顔だと見抜いたかのように、つないでいる手に力をこめ、ぽつりとつぶやく。

「ロザリーちゃん、元気かなぁ」

「きっと元気よ。お手紙も出したでしょう?」

「うん。お返事来るの待ってるの」

娘がすっかり懐いた女の子を思い出し、オードリーも頬を緩める。
癖のあるピンクがかった金髪が、ふわふわと揺れていた。まだ幼い感じがしたけれど、レイモンドが言うには十六歳のどこかの令嬢で、身寄りが無くなったから働こうと仕事を探してやって来たので雇ったのだそうだ。

『遊郭なんぞに行かれても寝覚めが悪いだろ?』と誤魔化されたのだが、実のところ、彼自身彼女を気に入っているようだったので、オードリーも内心穏やかではない。まあ、年齢差を考えれば、レイモンドが彼女を恋愛感情で見ることはないと信じてはいるけれど。

(そういえばあの子の傍にいた男性……)

彼女とよく一緒に歩き回っていた黒髪の端正な顔の男性を思い出す。
いないわけではないが、この国では黒髪は少数だ。オードリーは彼にどこかで会ったような気がしてならない。
夫の研究を手伝っていたころなら、学術院にも出入りしていた。その時の生徒のひとりだろうか。