第7話 ふうたろう、日本へ帰る
ぼくたちは二ヶ月ほど船に揺られて、無事に日本に帰ってくることができた。
早春の梅の花のかおりを、いっぱいに含んだそよ風の女の子が横浜の港に出迎えに来てくれた。
「ふうたろう君、ごくろうさん。私たちの分まで、がんばってきてくれて、ありがとう」
そよ風の女の子は、そう言って、ねぎらいの言葉をかけてくれたり、春の歌を歌ってくれた。
港には、ぼくたちをカンボジアに送り出してくれたボランティア事務所の人たちも迎えに来ていて、ぼくたちと再会
できたことを、とても喜んでくれた。
ぼくたちは、その日のうちに、東京の事務所に戻って、荷を解かれるとすぐに、本の傷み具合などを調べられた。
ひどく傷んだり汚れたりしている箇所があれば、ていねいに補修してくれたので、
(やさしい人だなあ)
と、ぼくは思った。
その翌日から、事務所には、たくさんの人たちが手伝いにきて、絵本にシールを貼ってくれた人たちのもとへ、絵本を送り返すための作業がおこなわれていた。
ぼくが日本に帰ってきてから十日あまりがたったある日、ぼくは佐賀県の武雄という町にある、佐倉かおりちゃんの家の郵便受けに、再び入れられた。
かおりちゃんにもう一度会えるんだと思うと、ぼくは胸の中が喜びでいっぱいになっていた。
郵便受けの中で二時間ほど待っていたら、かおりちゃんが学校から帰ってきた。
かおりちゃんは、玄関の前にある郵便受けの中から、ぼくの入ったレターパックを取り出してくれた。
かおりちゃんは、レターパックを持って、二階にある自分の部屋に行くと、すぐに封を切って、ぼくを出してくれた。
一年ぶりに見るかおりちゃんは、背たけがだいぶ伸びていた。学年も一つあがって、今は五年生だよね。
( 元気でいたかな )
と、思いながら、ぼくはかおりちゃんを見ていた。
「あら、あのときの絵本が帰ってきたんだわ」
かおりちゃんは、懐かしそうに、ぼくの体を、あちこち触ったり、ページをぺらぺらと、めくってくれた。
ぼくの体は、すりきれていたり、補修のあとが見苦しかったから、かおりちゃんが、今でも、ぼくのことを気に入ってくれて、最後のページまでめくってくれるかどうか、自信がなかった。
もしかしたら、最初の二、三ページくらいまで開いたら、あまりの汚さが目について、もうそれから先はページをめくる気がしなくなって、ゴミ箱に捨てるのではないかと思って、心配していた。でも、そんな心配は、ぼくの取り越し苦労だった。
かおりちゃんは、シールの下に書かれている話の内容を、絵を手がかりに思い出しながら、最後のページまで、ていねいにめくってくれた。
(あらっ)
かおりちゃんが、ぼくの裏表紙の内側を見て、目をどんぐりのように丸くしていた。
かおりちゃんの名前が書いてあるすぐ下に、女の子の写真が貼ってあって、さらにその下に日本語で、
「かおりちゃん、絵本をおくってくれてありがとう。とてもおもしろかったよ。スレイモン」
と、書かれていたからだ。
スレイモンというのは、ぼくを一番最初に読んでくれた女の子の名前なんだ。
スレイモンちゃんは、日本に留学をしたことがある人のところに行って、日本語を習って、かおりちゃんに、日本語でお礼の言葉を書いてくれたのだ。
あのときのことは、ぼくもよく覚えているよ。涙が出るほど、うれしかったからね。
絵本の裏表紙には、カンボジアのボランティア事務所の人が書いてくれた手紙も、テープで留めてあったので、かおりちゃんは興味深そうに読んでいた。
かおりちゃんのおかあさんが、それからまもなく、買い物から帰ってきた。かおりちゃんは、とてもうれしそうな顔をしながら、ぼくをおかあさんに見せていた。
「あら、あのときの絵本じゃないの」
おかあさんが、びっくりしていた。
「ねえ、ママ、ほら、ここを見て ! 」
かおりちゃんが、ぼくの裏表紙を開いたら、そのとたんに、
「えー、何、これ ? 」
と言って、おかあさんが、ひっくり返りそうに驚いていた。
「私もびっくりしたわ」
かおりちゃんは、ぼくが入ったレターパックを開けたときのことを思い出して、そう言っていた。
「お手紙も入っていたわ。それを読んだら、これは、絵本を読んでくれたスレイモンちゃんという、カンボジアの女の子が書いてくれたものだということが分かったの。ほら、これが、そのお手紙よ」
かおりちゃんがおかあさんに手紙を渡したら、おかあさんは、買ってきた卵や、お豆腐や、お肉を台所のテーブルの上に置くと、気もそぞろに読み始めた。
「かおりちゃん、こんにちは。お元気ですか。私は、カンボジアのプノンペンで、この国の子どもたちに絵本を届ける活動をしている森川といいます。かおりちゃん、本を送ってくれて、ありがとう。かおりちゃんたちがシールを貼ってくれた絵本を、この国の子どもたちが、たくさん読んでくれましたよ。
絵本を読んだり、読んでもらっているときの子どもたちの目は、きらきらと輝いていて、とてもきれいでした。そしてみんな楽しそうでした。子どもたちに代わって、お礼を言います。
あまり多くの子どもたちに読まれすぎて、絵本がぼろぼろになったので、これでは子どもたちに、かわいそうだと思ったので、絵本を日本に戻すことにしました。絵本にシールを貼ってくれた人たちのもとへ返したら、思い出になるかもしれないなあと思ったからです。
そのための整理をしていたら、この絵本の裏表紙の内側に、日本語でお礼の言葉が書かれていたり、写真が貼ってあったので、びっくりしました。スレイモンちゃんという女の子に聞いたら、日本に留学をしたことがある人に日本語を習って、書いたとのことでした。
そのことを知って、私は胸の中がじーんとするほど、うれしくなりました。この絵本にシールを貼ってくれたかおりちゃんにも、スレイモンちゃんの気持ちをぜひ伝えなければと思って、絵本をかおりちゃんに送っているのです。
本がところどころ破れていたり、子どもたちの手あかで汚れているところもあるけれど、それだけ多くの子どもたちが読んでくれたのだと思って我慢してね。
カンボジアでは、子どもたちが読む本は、あまり作られていないので、子どもたちは、まだまだたくさん、日本から送られてくる本を読みたいなあと言っていますよ。かおりちゃんが、これからも協力してくれたら、うれしいなあと思っています。
では今日はここまでにします。お勉強、がんばってね。かおりちゃんのおとうさんや、おかあさんや、学校のお友だちにもよろしくね。お元気で。
『絵本を届ける運動』プノンペン事務所
森川優子」
「まあ、すばらしい……」
手紙を読み終えたときに、かおりちゃんのおかあさんのほおが、桜色に染まって熱くなっているのが、ぼくには分かった。ぼくが気をきかせて、本の中から抜け出して、風を少し、ほおに当ててあげた。でも、おかあさんのほおは、熱いままだった。
かおりちゃんのおかあさんの胸の中は、火山のように熱くなっているのかもしれないなあと、ぼくはこのとき、思った。
ぼくたちは二ヶ月ほど船に揺られて、無事に日本に帰ってくることができた。
早春の梅の花のかおりを、いっぱいに含んだそよ風の女の子が横浜の港に出迎えに来てくれた。
「ふうたろう君、ごくろうさん。私たちの分まで、がんばってきてくれて、ありがとう」
そよ風の女の子は、そう言って、ねぎらいの言葉をかけてくれたり、春の歌を歌ってくれた。
港には、ぼくたちをカンボジアに送り出してくれたボランティア事務所の人たちも迎えに来ていて、ぼくたちと再会
できたことを、とても喜んでくれた。
ぼくたちは、その日のうちに、東京の事務所に戻って、荷を解かれるとすぐに、本の傷み具合などを調べられた。
ひどく傷んだり汚れたりしている箇所があれば、ていねいに補修してくれたので、
(やさしい人だなあ)
と、ぼくは思った。
その翌日から、事務所には、たくさんの人たちが手伝いにきて、絵本にシールを貼ってくれた人たちのもとへ、絵本を送り返すための作業がおこなわれていた。
ぼくが日本に帰ってきてから十日あまりがたったある日、ぼくは佐賀県の武雄という町にある、佐倉かおりちゃんの家の郵便受けに、再び入れられた。
かおりちゃんにもう一度会えるんだと思うと、ぼくは胸の中が喜びでいっぱいになっていた。
郵便受けの中で二時間ほど待っていたら、かおりちゃんが学校から帰ってきた。
かおりちゃんは、玄関の前にある郵便受けの中から、ぼくの入ったレターパックを取り出してくれた。
かおりちゃんは、レターパックを持って、二階にある自分の部屋に行くと、すぐに封を切って、ぼくを出してくれた。
一年ぶりに見るかおりちゃんは、背たけがだいぶ伸びていた。学年も一つあがって、今は五年生だよね。
( 元気でいたかな )
と、思いながら、ぼくはかおりちゃんを見ていた。
「あら、あのときの絵本が帰ってきたんだわ」
かおりちゃんは、懐かしそうに、ぼくの体を、あちこち触ったり、ページをぺらぺらと、めくってくれた。
ぼくの体は、すりきれていたり、補修のあとが見苦しかったから、かおりちゃんが、今でも、ぼくのことを気に入ってくれて、最後のページまでめくってくれるかどうか、自信がなかった。
もしかしたら、最初の二、三ページくらいまで開いたら、あまりの汚さが目について、もうそれから先はページをめくる気がしなくなって、ゴミ箱に捨てるのではないかと思って、心配していた。でも、そんな心配は、ぼくの取り越し苦労だった。
かおりちゃんは、シールの下に書かれている話の内容を、絵を手がかりに思い出しながら、最後のページまで、ていねいにめくってくれた。
(あらっ)
かおりちゃんが、ぼくの裏表紙の内側を見て、目をどんぐりのように丸くしていた。
かおりちゃんの名前が書いてあるすぐ下に、女の子の写真が貼ってあって、さらにその下に日本語で、
「かおりちゃん、絵本をおくってくれてありがとう。とてもおもしろかったよ。スレイモン」
と、書かれていたからだ。
スレイモンというのは、ぼくを一番最初に読んでくれた女の子の名前なんだ。
スレイモンちゃんは、日本に留学をしたことがある人のところに行って、日本語を習って、かおりちゃんに、日本語でお礼の言葉を書いてくれたのだ。
あのときのことは、ぼくもよく覚えているよ。涙が出るほど、うれしかったからね。
絵本の裏表紙には、カンボジアのボランティア事務所の人が書いてくれた手紙も、テープで留めてあったので、かおりちゃんは興味深そうに読んでいた。
かおりちゃんのおかあさんが、それからまもなく、買い物から帰ってきた。かおりちゃんは、とてもうれしそうな顔をしながら、ぼくをおかあさんに見せていた。
「あら、あのときの絵本じゃないの」
おかあさんが、びっくりしていた。
「ねえ、ママ、ほら、ここを見て ! 」
かおりちゃんが、ぼくの裏表紙を開いたら、そのとたんに、
「えー、何、これ ? 」
と言って、おかあさんが、ひっくり返りそうに驚いていた。
「私もびっくりしたわ」
かおりちゃんは、ぼくが入ったレターパックを開けたときのことを思い出して、そう言っていた。
「お手紙も入っていたわ。それを読んだら、これは、絵本を読んでくれたスレイモンちゃんという、カンボジアの女の子が書いてくれたものだということが分かったの。ほら、これが、そのお手紙よ」
かおりちゃんがおかあさんに手紙を渡したら、おかあさんは、買ってきた卵や、お豆腐や、お肉を台所のテーブルの上に置くと、気もそぞろに読み始めた。
「かおりちゃん、こんにちは。お元気ですか。私は、カンボジアのプノンペンで、この国の子どもたちに絵本を届ける活動をしている森川といいます。かおりちゃん、本を送ってくれて、ありがとう。かおりちゃんたちがシールを貼ってくれた絵本を、この国の子どもたちが、たくさん読んでくれましたよ。
絵本を読んだり、読んでもらっているときの子どもたちの目は、きらきらと輝いていて、とてもきれいでした。そしてみんな楽しそうでした。子どもたちに代わって、お礼を言います。
あまり多くの子どもたちに読まれすぎて、絵本がぼろぼろになったので、これでは子どもたちに、かわいそうだと思ったので、絵本を日本に戻すことにしました。絵本にシールを貼ってくれた人たちのもとへ返したら、思い出になるかもしれないなあと思ったからです。
そのための整理をしていたら、この絵本の裏表紙の内側に、日本語でお礼の言葉が書かれていたり、写真が貼ってあったので、びっくりしました。スレイモンちゃんという女の子に聞いたら、日本に留学をしたことがある人に日本語を習って、書いたとのことでした。
そのことを知って、私は胸の中がじーんとするほど、うれしくなりました。この絵本にシールを貼ってくれたかおりちゃんにも、スレイモンちゃんの気持ちをぜひ伝えなければと思って、絵本をかおりちゃんに送っているのです。
本がところどころ破れていたり、子どもたちの手あかで汚れているところもあるけれど、それだけ多くの子どもたちが読んでくれたのだと思って我慢してね。
カンボジアでは、子どもたちが読む本は、あまり作られていないので、子どもたちは、まだまだたくさん、日本から送られてくる本を読みたいなあと言っていますよ。かおりちゃんが、これからも協力してくれたら、うれしいなあと思っています。
では今日はここまでにします。お勉強、がんばってね。かおりちゃんのおとうさんや、おかあさんや、学校のお友だちにもよろしくね。お元気で。
『絵本を届ける運動』プノンペン事務所
森川優子」
「まあ、すばらしい……」
手紙を読み終えたときに、かおりちゃんのおかあさんのほおが、桜色に染まって熱くなっているのが、ぼくには分かった。ぼくが気をきかせて、本の中から抜け出して、風を少し、ほおに当ててあげた。でも、おかあさんのほおは、熱いままだった。
かおりちゃんのおかあさんの胸の中は、火山のように熱くなっているのかもしれないなあと、ぼくはこのとき、思った。

