第5話 図書館での調べもの
食事がすんで、レストランを出ると、かおりちゃんたちは図書館に向かっていた。
町の中は車が渋滞していて、なかなか進まなかった。道路工事が行われていて、片側通行になっていたためだと思う。
もどかしくなったぼくは、車よりも先を走りながら、
(車がくるまで待とう)
と思って、かおりちゃんたちが乗った車がやってくるのを待っていた。
かおりちゃんたちは、二十分ほどで図書館に着いた。
そしてさっそく、閲覧室に入っていって、カンボジアのことを調べ始めた。ぼくも興味深く見ていた。だって、ぼくがこれから船に乗っていく国だからね。どんな国なのか、ぼくも知りたいんだ。今日はかおりちゃんたちについてきて、よかった。
「あれっ、カンボジアにもタケオという町があるんだ ! 」
東南アジアの地図を開いて、カンボジアという国を見ていた、かおりちゃんのおかあさんが、驚いたような声で言った。
「本当だ。私たちが住んでいるところも武雄という町だけど、カンボジアにも同じ名前の町があるなんて思ってもいなかったわ。でも何だか急にその町に親しみがわいてきたわ。私もいつかカンボジアに行って、タケオの子どもたちとお友だちになりたいわ」
かおりちゃんが胸を風船のように膨らませていた。
「カンボジアにタケオという町があることは、とうさんは知っていたよ。自衛隊が国連のPKO(平和維持)活動に参加してカンボジアに行ったとき、活動拠点が置かれた町がタケオという町だったんだ」
「そうだったのですか。PKOのことは聞いたことがありましたが、タケオのことは、知りませんで
した」
おかあさんが、そう答えていた。
「カンボジアでは、今から二十五年ぐらい前まで内戦が続いていて、非人道的な虐殺によって、多くの人命が失われていたんだ。その内戦の写真を撮り続けていた報道カメラマンの中に、武雄出身の人がいて、地雷を踏んで亡くなったんだ」
おとうさんの顔の表情が雪曇りの空のように暗くなっていた。
「そのかたのことなら、私も知っていますわ。そのかたが撮られた写真集や、そのかたの活動の様子をモデルにして作られた映画もありますよね」
おかあさんが、そう答えていた。
「私は知らなかったわ、その人のこと」
かおりちゃんが、つぶやくような声で話していた。
「あらっ、ここに面白いことが書いてあるわ」
かおりちゃんのおかあさんの顔が、早春の梅の花のように、ほころんでいた。
「えっ、何 ? どんなことが書いてあるの ? 」
かおりちゃんは、おかあさんが読んでいる本のほうへ、身を乗り出していった。
「カボチャというお野菜があるでしょ ? 」
「ええ」
おかあさんが、野菜のことを、急に言い出したので、かおりちゃんは少しとまどっているみたいだった。
「カボチャがどうかしたの ? 」
かおりちゃんは、けげんそうな顔をして、おかあさんに聞き返していた。
「カボチャはカンボジアから伝えられたから、そう呼ばれているのだって ! 」
「えっ、うそー ! 」
かおりちゃんは、キツネにつままれたような顔をしていた。
「うそじゃないわよ。ほら、ここにちゃんと書いてあるじゃない ! 」
おかあさんが指でさしたところを見ると、確かに、そう書かれていた。
「本当だ。カボチャとカンボジア、そう言えば何となく、音の響きが似ているわねぇ」
かおりちゃんが楽しそうに笑っていた。
「カボチャの由来がカンボジアにあったとは、まったくの初耳だよ。思ってもいなかったよ」
おとうさんも目から、うろこが落ちたような顔をしていた。
「カボチャが日本に伝えられたのは、十六世紀の後半だそうよ。そのころ大分に漂着したポルトガル船によって伝えられたと書かれているわ。そのころは外国との行き来や貿易を禁止する前のことだったから、スペインやポルトガルの船が平戸や長崎や大分に来て、貿易をしていたそうなの。そのころ、ポルトガルの船がカンボジアから持ってきたお野菜の一つにカボチャがあったそうなの」
おかあさんの話に、おとうさんも、かおりちゃんも、遠い昔のロマンを感じながら、熱心に聞き入っていた。
「ふーん、そうだったのか。そんなお話を聞いていると、何だか私は、ますますカンボジアという国に興味がわいてきたわ。ねぇ、いつか三人でカンボジアに行きましょうよ」
かおりちゃんがそう言ったので、かおりちゃんのおとうさんと、おかあさんは顔を見合わせて、苦笑いしていた。
かおりちゃんたちは、二時間ほど、図書館でカンボジアのことを調べていた。そして次のようなことが分かった。
さっき、おとうさんが言ったように、カンボジアでは、二十五年ぐらい前まで内戦が続いていて、兵士以外の普通の人たちも、たくさん殺されたことや、学校や病院などの建物が壊されて、まだ十分にはもとのように戻っていないことなどがね。
学校や教科書や先生が足りなくて、子どもたちがとても困っていることや、カンボジアには、ぼくたちのような絵本を作ってくれる会社がほとんどないことなども分かった。
(だから、ぼくたちがカンボジアに行くのだなあ)
と思ったりしているんだ。
国のあちこちに、地雷が埋められていて、うっかり足で踏んだら爆発して、毎年、多くの人が命を落としたり、手足を吹き飛ばされて、大けがをしていることも分かった。
そうか、もし学校の帰り道に、ぼくの絵本を読みながら帰っている子がいて、その子がうっかり地雷を踏んだら、ぼくも、こっぱみじん……
(ううー、怖い、怖い……)
ぼくはカンボジアに行くことが、いやになってきた。
かおりちゃんも、胸の中が少し変わり始めているみたいだった。
カンボジアに行ってみたいと思って、最初は空気がぱんぱんに入った風船のように見えていたのに、カンボジアのことが分かるにつれて、少し、しぼんできているように見えたからだ。
無理もないよなあ、心が花のようにやさしいかおりちゃんが、カンボジアの実情を知って、心を痛めているのは。
(かおりちゃんが、カンボジアのことを嫌いにならなければいいんだけど……)
ぼくも、今は正直言って、カンボジアに行くことに、ためらいを感じている。
でもやっぱり、絵本から抜け出すようなことはしないで、カンボジアに行こうと思っているんだ。
けがをしたり、不安におびえている子どもたちの心を、ぼくが少しでも、いやすことができたら、ぼくはうれしいからね。
かおりちゃんたちは、三時すぎに図書館を出て、途中でスーパーに寄って、買い物をしてから、四時半ごろ武雄に帰ってきた。
犬のマル子が、おとなしく留守番をしてくれていたので、かおりちゃんがドッグフードを与えると、マル子はうれしそうに、しっぽを振ってから食べ始めた。
「夕ご飯が出来るまでの間、マル子を散歩に連れていってくれない ? 」
かおりちゃんのおかあさんが、かおりちゃんに言った。
「いいわよ。でも今日はちょっと寒そう……」
先ほどから、ちらちらと小雪が降っていたので、空を見上げながら、かおりちゃんがつぶやくような声で返事をしていた。
「何言ってるのよ、子どもは風の子でしょ ? 」
かおりちゃんのおかあさんが、風の子と言ったから、ぼくは一瞬、どっきりした。
だって、ぼくのことが、おかあさんの口から、ここで出てくるとは思わなかったからね。
「風の子 ? 私は風の子なの ? ママの子じゃないの ? 」
かおりちゃんが真剣な顔をして聞き返していた。
「もう、かおりったら、何言ってるのよ。ママの子に決まっているでしょ」
かおりちゃんのおかあさんが、おかしそうに、くすくす笑っていた。
かおりちゃんは、それからまもなく、マル子を連れて、散歩に行った。ぼくもついていった。
かおりちゃんとマル子は、川のほとりに沿って歩いていた。
小雪混じりの二月の外気は少し冷たかったけれど、土手の上に植えてある梅の木の白い花が、ほんの少しだけ開いていた。
かぐわしい花のかおりが、ぷーんと、あたりに漂っていて、とても気持ちがよかった。
かおりちゃんとマル子は三十分ほど外にいてから、家に戻ってきた。ぼくもいっしょに戻ってきた。
すると台所のほうから、おいしそうなにおいがしてきたので、ぼくはさっそく台所の中に入っていって、においをかいでいた。
今日の夕ご飯のおかずは、肉じゃがと、野菜炒めと、ぶた汁だった。ぶた汁の中にはカボチャも入っていたので、かおりちゃんが、はしでカボチャをつまんでから、
「カボチャの国、カンボジア」
と言った。それを聞いて、おとうさんと、おかあさんが、おかしそうに笑っていた。
かおりちゃんのおかあさんは、料理を作るのがとても上手だ。どれもおいしかったので、かおりちゃんも、おとうさんも、おなかいっぱい、ご飯を食べていた。
かおりちゃんのおかあさんは、顔は女優さんのようにきれいだし、似顔絵を描くのも上手だし、料理も上手なので、かおりちゃんは、いいおかあさんを持ってしあわせだなあって、ぼくは思った。
おいしいにおいをたくさん、かがせてもらったぼくは、何だか眠たくなってきたので、しばらくしてから絵本の中に戻って眠った。
食事がすんで、レストランを出ると、かおりちゃんたちは図書館に向かっていた。
町の中は車が渋滞していて、なかなか進まなかった。道路工事が行われていて、片側通行になっていたためだと思う。
もどかしくなったぼくは、車よりも先を走りながら、
(車がくるまで待とう)
と思って、かおりちゃんたちが乗った車がやってくるのを待っていた。
かおりちゃんたちは、二十分ほどで図書館に着いた。
そしてさっそく、閲覧室に入っていって、カンボジアのことを調べ始めた。ぼくも興味深く見ていた。だって、ぼくがこれから船に乗っていく国だからね。どんな国なのか、ぼくも知りたいんだ。今日はかおりちゃんたちについてきて、よかった。
「あれっ、カンボジアにもタケオという町があるんだ ! 」
東南アジアの地図を開いて、カンボジアという国を見ていた、かおりちゃんのおかあさんが、驚いたような声で言った。
「本当だ。私たちが住んでいるところも武雄という町だけど、カンボジアにも同じ名前の町があるなんて思ってもいなかったわ。でも何だか急にその町に親しみがわいてきたわ。私もいつかカンボジアに行って、タケオの子どもたちとお友だちになりたいわ」
かおりちゃんが胸を風船のように膨らませていた。
「カンボジアにタケオという町があることは、とうさんは知っていたよ。自衛隊が国連のPKO(平和維持)活動に参加してカンボジアに行ったとき、活動拠点が置かれた町がタケオという町だったんだ」
「そうだったのですか。PKOのことは聞いたことがありましたが、タケオのことは、知りませんで
した」
おかあさんが、そう答えていた。
「カンボジアでは、今から二十五年ぐらい前まで内戦が続いていて、非人道的な虐殺によって、多くの人命が失われていたんだ。その内戦の写真を撮り続けていた報道カメラマンの中に、武雄出身の人がいて、地雷を踏んで亡くなったんだ」
おとうさんの顔の表情が雪曇りの空のように暗くなっていた。
「そのかたのことなら、私も知っていますわ。そのかたが撮られた写真集や、そのかたの活動の様子をモデルにして作られた映画もありますよね」
おかあさんが、そう答えていた。
「私は知らなかったわ、その人のこと」
かおりちゃんが、つぶやくような声で話していた。
「あらっ、ここに面白いことが書いてあるわ」
かおりちゃんのおかあさんの顔が、早春の梅の花のように、ほころんでいた。
「えっ、何 ? どんなことが書いてあるの ? 」
かおりちゃんは、おかあさんが読んでいる本のほうへ、身を乗り出していった。
「カボチャというお野菜があるでしょ ? 」
「ええ」
おかあさんが、野菜のことを、急に言い出したので、かおりちゃんは少しとまどっているみたいだった。
「カボチャがどうかしたの ? 」
かおりちゃんは、けげんそうな顔をして、おかあさんに聞き返していた。
「カボチャはカンボジアから伝えられたから、そう呼ばれているのだって ! 」
「えっ、うそー ! 」
かおりちゃんは、キツネにつままれたような顔をしていた。
「うそじゃないわよ。ほら、ここにちゃんと書いてあるじゃない ! 」
おかあさんが指でさしたところを見ると、確かに、そう書かれていた。
「本当だ。カボチャとカンボジア、そう言えば何となく、音の響きが似ているわねぇ」
かおりちゃんが楽しそうに笑っていた。
「カボチャの由来がカンボジアにあったとは、まったくの初耳だよ。思ってもいなかったよ」
おとうさんも目から、うろこが落ちたような顔をしていた。
「カボチャが日本に伝えられたのは、十六世紀の後半だそうよ。そのころ大分に漂着したポルトガル船によって伝えられたと書かれているわ。そのころは外国との行き来や貿易を禁止する前のことだったから、スペインやポルトガルの船が平戸や長崎や大分に来て、貿易をしていたそうなの。そのころ、ポルトガルの船がカンボジアから持ってきたお野菜の一つにカボチャがあったそうなの」
おかあさんの話に、おとうさんも、かおりちゃんも、遠い昔のロマンを感じながら、熱心に聞き入っていた。
「ふーん、そうだったのか。そんなお話を聞いていると、何だか私は、ますますカンボジアという国に興味がわいてきたわ。ねぇ、いつか三人でカンボジアに行きましょうよ」
かおりちゃんがそう言ったので、かおりちゃんのおとうさんと、おかあさんは顔を見合わせて、苦笑いしていた。
かおりちゃんたちは、二時間ほど、図書館でカンボジアのことを調べていた。そして次のようなことが分かった。
さっき、おとうさんが言ったように、カンボジアでは、二十五年ぐらい前まで内戦が続いていて、兵士以外の普通の人たちも、たくさん殺されたことや、学校や病院などの建物が壊されて、まだ十分にはもとのように戻っていないことなどがね。
学校や教科書や先生が足りなくて、子どもたちがとても困っていることや、カンボジアには、ぼくたちのような絵本を作ってくれる会社がほとんどないことなども分かった。
(だから、ぼくたちがカンボジアに行くのだなあ)
と思ったりしているんだ。
国のあちこちに、地雷が埋められていて、うっかり足で踏んだら爆発して、毎年、多くの人が命を落としたり、手足を吹き飛ばされて、大けがをしていることも分かった。
そうか、もし学校の帰り道に、ぼくの絵本を読みながら帰っている子がいて、その子がうっかり地雷を踏んだら、ぼくも、こっぱみじん……
(ううー、怖い、怖い……)
ぼくはカンボジアに行くことが、いやになってきた。
かおりちゃんも、胸の中が少し変わり始めているみたいだった。
カンボジアに行ってみたいと思って、最初は空気がぱんぱんに入った風船のように見えていたのに、カンボジアのことが分かるにつれて、少し、しぼんできているように見えたからだ。
無理もないよなあ、心が花のようにやさしいかおりちゃんが、カンボジアの実情を知って、心を痛めているのは。
(かおりちゃんが、カンボジアのことを嫌いにならなければいいんだけど……)
ぼくも、今は正直言って、カンボジアに行くことに、ためらいを感じている。
でもやっぱり、絵本から抜け出すようなことはしないで、カンボジアに行こうと思っているんだ。
けがをしたり、不安におびえている子どもたちの心を、ぼくが少しでも、いやすことができたら、ぼくはうれしいからね。
かおりちゃんたちは、三時すぎに図書館を出て、途中でスーパーに寄って、買い物をしてから、四時半ごろ武雄に帰ってきた。
犬のマル子が、おとなしく留守番をしてくれていたので、かおりちゃんがドッグフードを与えると、マル子はうれしそうに、しっぽを振ってから食べ始めた。
「夕ご飯が出来るまでの間、マル子を散歩に連れていってくれない ? 」
かおりちゃんのおかあさんが、かおりちゃんに言った。
「いいわよ。でも今日はちょっと寒そう……」
先ほどから、ちらちらと小雪が降っていたので、空を見上げながら、かおりちゃんがつぶやくような声で返事をしていた。
「何言ってるのよ、子どもは風の子でしょ ? 」
かおりちゃんのおかあさんが、風の子と言ったから、ぼくは一瞬、どっきりした。
だって、ぼくのことが、おかあさんの口から、ここで出てくるとは思わなかったからね。
「風の子 ? 私は風の子なの ? ママの子じゃないの ? 」
かおりちゃんが真剣な顔をして聞き返していた。
「もう、かおりったら、何言ってるのよ。ママの子に決まっているでしょ」
かおりちゃんのおかあさんが、おかしそうに、くすくす笑っていた。
かおりちゃんは、それからまもなく、マル子を連れて、散歩に行った。ぼくもついていった。
かおりちゃんとマル子は、川のほとりに沿って歩いていた。
小雪混じりの二月の外気は少し冷たかったけれど、土手の上に植えてある梅の木の白い花が、ほんの少しだけ開いていた。
かぐわしい花のかおりが、ぷーんと、あたりに漂っていて、とても気持ちがよかった。
かおりちゃんとマル子は三十分ほど外にいてから、家に戻ってきた。ぼくもいっしょに戻ってきた。
すると台所のほうから、おいしそうなにおいがしてきたので、ぼくはさっそく台所の中に入っていって、においをかいでいた。
今日の夕ご飯のおかずは、肉じゃがと、野菜炒めと、ぶた汁だった。ぶた汁の中にはカボチャも入っていたので、かおりちゃんが、はしでカボチャをつまんでから、
「カボチャの国、カンボジア」
と言った。それを聞いて、おとうさんと、おかあさんが、おかしそうに笑っていた。
かおりちゃんのおかあさんは、料理を作るのがとても上手だ。どれもおいしかったので、かおりちゃんも、おとうさんも、おなかいっぱい、ご飯を食べていた。
かおりちゃんのおかあさんは、顔は女優さんのようにきれいだし、似顔絵を描くのも上手だし、料理も上手なので、かおりちゃんは、いいおかあさんを持ってしあわせだなあって、ぼくは思った。
おいしいにおいをたくさん、かがせてもらったぼくは、何だか眠たくなってきたので、しばらくしてから絵本の中に戻って眠った。

