第4話 レストランでの国際交流
日曜日の朝、かおりちゃんは、ベッドから起きると、一番お気に入りのセーターやスカートに、おめかしをして、そわそわしていた。
「かおり、顔を洗ったら、マル子にえさをあげてね」
洗面所で歯をみがいているかおりちゃんに、台所のほうから、おかあさんの声が飛んできた。
「はーい」
かおりちゃんは明るい声で答えると、それからまもなくドッグフードを持って、犬小屋の前に行った。
白いマルチーズ犬が、そこにいて、かおりちゃんの姿を見ると、うれしそうに、しっぽをふってから、
「ワンワン」
と鳴いた。
かおりちゃんの家は三人家族で、みんな犬が大好きのようだ。もしかしたら、みんな戌年(いぬどし)生まれだったりして。
「私たち、今日は佐賀に行くけど、マル子、留守番頼むわね。だれか変な人が来たら、ご近所に聞こえるように、思いっきり、ほえるのよ」
かおりちゃんが頭をなでると、犬はクーンと鼻を鳴らして、分かったというような顔をしていた。
かおりちゃんたちは十一時ごろ、おとうさんの車で家を出た。ぼくも絵本の中から抜け出して、車の上を走りながら、ついていくことにした。家の中にひとりでいるのは、さびしいからね。
前にも言ったけど、ぼくたち風は、詩や童話や絵本などを書くような特別な人にしか見えないから、車のすぐ上を走っていても、だれにも気づかれることはないんだよ。
四十五分ほどで、かおりちゃんたちは佐賀に着いた。
JRの駅の近くにあるデパートの駐車場におとうさんが車を入れると、かおりちゃんは、デパートの一番上の階にあるレストランの前まで、エスカレーターを駆け上がるようにして、のぼっていった。
入口のガラスケースの中に並べられているサンプルを見ながら、どれを食べようかと思って、見比べながら、おとうさんと、おかあさんが着くのを、かおりちゃんは待っていた。
「私、お子様ランチにするわ」
おとうさんと、おかあさんが着くとすぐに、かおりちゃんは、食べたいものを言っていた。かおりちゃんのおとうさんはトンカツ定食、おかあさんは親子丼を選んでいた。
日曜日のお昼どきということもあって、レストランの中は、とても混んでいた。
かおりちゃんたちは、すぐには席には座れなかったので、入口の前にあるいすの上にすわって、席が空くのを、しばらく待っていた。
五分ぐらいしてから、奥から二番目の席が空いたので、その席に案内されて、注文を言ってから、料理が出来上がってくるのを待っていた。
ぼくは風だから、おいしそうなにおいをかぐだけで、おなかがいっぱいになるので、料理を食べたり、飲み物を飲んでいる人たちのところに行って、においをかがせてもらっていた。
ホットコーヒーのにおいは、特においしかったなあ。外はとても寒かったから、ぼくの体は震えていたけれど、ホットをかいで、ほっとしたんだ。
一番奥の席には、外国の人が二人すわっていて、英語で何か話していた。かおりちゃんのおとうさんや、おかあさんと、年がだいたい同じくらいに見える男の人と女の人だった。
ぼくは英語は分からないので、何を話しているのかは分からなかったけど、時々、笑ったりして、とても楽しそうだった。
しばらくしてから、その外国の人のテーブルの上に、料理が運ばれてきた。
でも、その料理を見て、外国の人が驚いたような顔をしていた。
男の人が料理を運んできたウェートレスのおねえさんに、口をとがらせながら、片言の日本語で何か言っていた。
でもうまく通じなかったらしくて、外国の人も、おねえさんも困ったような顔をしていた。
それを見て、かおりちゃんのおとうさんが、外国の男の人に英語で何か話しかけていた。それが通じたらしく、男の人が、
「アリガトーゴザイマシタ。タスカリマシタ」
と、日本語でお礼を言っているのが、かおりちゃんにも聞こえた。
「パパ、あの外国の人、何と言っていたの ? 」
かおりちゃんが聞くと、
「注文した料理と違った料理が運ばれてきたみたいなんだ」
と、かおりちゃんのおとうさんが答えていた。
「そうだったの。それで困っていたのね。でもパパが、たまたま隣の席にいてよかったね」
「そうだね。でも通じてよかったよ。もし通じていなかったら、おかあさんや、かおりの前で恥をかくところだったよ」
かおりちゃんのおとうさんは、そう言って、冷や汗をかいていた。
「パパはさすがに中学校の英語の先生だけのことはあるわねえ。私には通訳なんて、絶対に無理だったわ」
かおりちゃんのおかあさんが、そう言って、おとうさんを頼もしそうに見ていた。
「私の学校でも週に二回、英語の授業があっているけど、私もパパみたいに英語が上手に話せるようになったらいいなぁ」
かおりちゃんも、おとうさんを尊敬のまなざしで見ていた。
外国の女の人が、かおりちゃんのほうを見て、微笑んでいるのに気がついたので。かおりちゃんは授業で習った英語を思い出して、
「ハウドゥーユードゥー」
と言っていた。すると女の人が軽くうなずいてから、日本語で、
「オジョーチャン、カワイイネ」
という答を返してきた。かおりちゃんは、うれしくなって、
「サンキュー、ベリーマッチ」
と返事をしていた。
「私が外国の人に話しかけたり、外国の人から話しかけられたのは、外では初めてよ。でも通じてうれしいわ」
かおりちゃんの顔が輝いていた。
これがきっかけで、かおりちゃんの心の中に、外国人とのふれあいに対する関心が、ますます広がっていったらいいなあと、ぼくは思った。
それからまもなく、かおりちゃんたちのテーブルの上にも、料理が運ばれてきた。かおりちゃんたちは、顔をほころばせながら、したつづみを打ったり、学校の話や、かおりちゃんが好きなアイドルの話などをして、とても楽しそうだった。
食事が終わりに近づいたころ、かおりちゃんのおかあさんが、
「これから図書館に行こうか」
と、かおりちゃんに、ふいに言った。
「えっ、図書館に行って何をするの ? 」
かおりちゃんが、けげんに思って、首を傾けていた。
「カンボジアのことを調べるのよ。昨日、かおりが絵本の上に、カンボジアの言葉のシールを貼ってくれたでしょ ? 」
「ええ」
かおりちゃんは昨日のことを思い出しながら、うなずいていた。
「ママが手伝ってくれたので、私、助かったわ。もし手伝ってくれなかったら、うっかりして、シールを逆さまに貼ったり、違うところに貼っていたかもしれないから。ママ、ありがとう」
かおりちゃんは咲いたばかりのクロッカスの花のように、やさしく、お礼を言っていた。
「かおりがそう言ってくれたら、ママはうれしいわ。でも、あのとき、思ったの。カンボジアのことについて、ママは何にも知らないなあって。パパに聞いたら、パパもあまり詳しくは知らないみたいだった。それでこれを機会に、明日、三人で県の図書館に行って、カンボジアのことを少し調べてみようかって、昨日の夜、パパに提案したの」
かおりちゃんのおかあさんが、冬の日のこもれびのようにやわらかな目で、かおりちゃんを見ていた。
「そういうわけだったの」
かおりちゃんが、首をこっくり、たてに振った。
「わかったわ。私もカンボジアのことを知りたい。行こう、行こう、図書館に行こう」
かおりちゃんは、レンゲソウの花に群がるミツバチのように華やいだ声で答えていた。
「よし、じゃあ、決まった。これから図書館に行くぞ」
かおりちゃんは、にっこり、うなずいていた。
日曜日の朝、かおりちゃんは、ベッドから起きると、一番お気に入りのセーターやスカートに、おめかしをして、そわそわしていた。
「かおり、顔を洗ったら、マル子にえさをあげてね」
洗面所で歯をみがいているかおりちゃんに、台所のほうから、おかあさんの声が飛んできた。
「はーい」
かおりちゃんは明るい声で答えると、それからまもなくドッグフードを持って、犬小屋の前に行った。
白いマルチーズ犬が、そこにいて、かおりちゃんの姿を見ると、うれしそうに、しっぽをふってから、
「ワンワン」
と鳴いた。
かおりちゃんの家は三人家族で、みんな犬が大好きのようだ。もしかしたら、みんな戌年(いぬどし)生まれだったりして。
「私たち、今日は佐賀に行くけど、マル子、留守番頼むわね。だれか変な人が来たら、ご近所に聞こえるように、思いっきり、ほえるのよ」
かおりちゃんが頭をなでると、犬はクーンと鼻を鳴らして、分かったというような顔をしていた。
かおりちゃんたちは十一時ごろ、おとうさんの車で家を出た。ぼくも絵本の中から抜け出して、車の上を走りながら、ついていくことにした。家の中にひとりでいるのは、さびしいからね。
前にも言ったけど、ぼくたち風は、詩や童話や絵本などを書くような特別な人にしか見えないから、車のすぐ上を走っていても、だれにも気づかれることはないんだよ。
四十五分ほどで、かおりちゃんたちは佐賀に着いた。
JRの駅の近くにあるデパートの駐車場におとうさんが車を入れると、かおりちゃんは、デパートの一番上の階にあるレストランの前まで、エスカレーターを駆け上がるようにして、のぼっていった。
入口のガラスケースの中に並べられているサンプルを見ながら、どれを食べようかと思って、見比べながら、おとうさんと、おかあさんが着くのを、かおりちゃんは待っていた。
「私、お子様ランチにするわ」
おとうさんと、おかあさんが着くとすぐに、かおりちゃんは、食べたいものを言っていた。かおりちゃんのおとうさんはトンカツ定食、おかあさんは親子丼を選んでいた。
日曜日のお昼どきということもあって、レストランの中は、とても混んでいた。
かおりちゃんたちは、すぐには席には座れなかったので、入口の前にあるいすの上にすわって、席が空くのを、しばらく待っていた。
五分ぐらいしてから、奥から二番目の席が空いたので、その席に案内されて、注文を言ってから、料理が出来上がってくるのを待っていた。
ぼくは風だから、おいしそうなにおいをかぐだけで、おなかがいっぱいになるので、料理を食べたり、飲み物を飲んでいる人たちのところに行って、においをかがせてもらっていた。
ホットコーヒーのにおいは、特においしかったなあ。外はとても寒かったから、ぼくの体は震えていたけれど、ホットをかいで、ほっとしたんだ。
一番奥の席には、外国の人が二人すわっていて、英語で何か話していた。かおりちゃんのおとうさんや、おかあさんと、年がだいたい同じくらいに見える男の人と女の人だった。
ぼくは英語は分からないので、何を話しているのかは分からなかったけど、時々、笑ったりして、とても楽しそうだった。
しばらくしてから、その外国の人のテーブルの上に、料理が運ばれてきた。
でも、その料理を見て、外国の人が驚いたような顔をしていた。
男の人が料理を運んできたウェートレスのおねえさんに、口をとがらせながら、片言の日本語で何か言っていた。
でもうまく通じなかったらしくて、外国の人も、おねえさんも困ったような顔をしていた。
それを見て、かおりちゃんのおとうさんが、外国の男の人に英語で何か話しかけていた。それが通じたらしく、男の人が、
「アリガトーゴザイマシタ。タスカリマシタ」
と、日本語でお礼を言っているのが、かおりちゃんにも聞こえた。
「パパ、あの外国の人、何と言っていたの ? 」
かおりちゃんが聞くと、
「注文した料理と違った料理が運ばれてきたみたいなんだ」
と、かおりちゃんのおとうさんが答えていた。
「そうだったの。それで困っていたのね。でもパパが、たまたま隣の席にいてよかったね」
「そうだね。でも通じてよかったよ。もし通じていなかったら、おかあさんや、かおりの前で恥をかくところだったよ」
かおりちゃんのおとうさんは、そう言って、冷や汗をかいていた。
「パパはさすがに中学校の英語の先生だけのことはあるわねえ。私には通訳なんて、絶対に無理だったわ」
かおりちゃんのおかあさんが、そう言って、おとうさんを頼もしそうに見ていた。
「私の学校でも週に二回、英語の授業があっているけど、私もパパみたいに英語が上手に話せるようになったらいいなぁ」
かおりちゃんも、おとうさんを尊敬のまなざしで見ていた。
外国の女の人が、かおりちゃんのほうを見て、微笑んでいるのに気がついたので。かおりちゃんは授業で習った英語を思い出して、
「ハウドゥーユードゥー」
と言っていた。すると女の人が軽くうなずいてから、日本語で、
「オジョーチャン、カワイイネ」
という答を返してきた。かおりちゃんは、うれしくなって、
「サンキュー、ベリーマッチ」
と返事をしていた。
「私が外国の人に話しかけたり、外国の人から話しかけられたのは、外では初めてよ。でも通じてうれしいわ」
かおりちゃんの顔が輝いていた。
これがきっかけで、かおりちゃんの心の中に、外国人とのふれあいに対する関心が、ますます広がっていったらいいなあと、ぼくは思った。
それからまもなく、かおりちゃんたちのテーブルの上にも、料理が運ばれてきた。かおりちゃんたちは、顔をほころばせながら、したつづみを打ったり、学校の話や、かおりちゃんが好きなアイドルの話などをして、とても楽しそうだった。
食事が終わりに近づいたころ、かおりちゃんのおかあさんが、
「これから図書館に行こうか」
と、かおりちゃんに、ふいに言った。
「えっ、図書館に行って何をするの ? 」
かおりちゃんが、けげんに思って、首を傾けていた。
「カンボジアのことを調べるのよ。昨日、かおりが絵本の上に、カンボジアの言葉のシールを貼ってくれたでしょ ? 」
「ええ」
かおりちゃんは昨日のことを思い出しながら、うなずいていた。
「ママが手伝ってくれたので、私、助かったわ。もし手伝ってくれなかったら、うっかりして、シールを逆さまに貼ったり、違うところに貼っていたかもしれないから。ママ、ありがとう」
かおりちゃんは咲いたばかりのクロッカスの花のように、やさしく、お礼を言っていた。
「かおりがそう言ってくれたら、ママはうれしいわ。でも、あのとき、思ったの。カンボジアのことについて、ママは何にも知らないなあって。パパに聞いたら、パパもあまり詳しくは知らないみたいだった。それでこれを機会に、明日、三人で県の図書館に行って、カンボジアのことを少し調べてみようかって、昨日の夜、パパに提案したの」
かおりちゃんのおかあさんが、冬の日のこもれびのようにやわらかな目で、かおりちゃんを見ていた。
「そういうわけだったの」
かおりちゃんが、首をこっくり、たてに振った。
「わかったわ。私もカンボジアのことを知りたい。行こう、行こう、図書館に行こう」
かおりちゃんは、レンゲソウの花に群がるミツバチのように華やいだ声で答えていた。
「よし、じゃあ、決まった。これから図書館に行くぞ」
かおりちゃんは、にっこり、うなずいていた。

