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ロザリーという人間の中に、犬のリルの記憶が同居する。
そんなおかしな状況になったのは、二ヵ月前の事故が原因だった。

その日は、ロザリーの十六歳の誕生日で、両親からのプレゼントは観劇だった。
演目はかねてより観たいと思っていた『カーセルメルトの長い夜』というコメディ劇。
地方劇場であるエタニア劇場で人気を博したこの演目は、王都の劇場でも上演されることが決まっている。その日はエタニア劇場での最終夜とあって、客席は満席だった。

おかげで劇が終わっても道路の渋滞はなかなか解消されない。熱気のこもる夏の夜に待たされた馬はすっかり機嫌を損ねていて、どこの御者も制御するのに苦労していた。

ロザリー一家の馬車も、そんな渋滞の列に交じっていたが、中では和やかな会話が繰り広げられていた。

「今日はとても楽しかったです。お父様、お母様」

「それはよかった。お前の誕生日の祝いだからね。十六歳おめでとう、ロザリンド」

「ありがとうございます」

「来週の夜会で、いよいよ社交界デビューよ、ロザリー。素敵な男性に出会えるといいわね。あ、でもすぐに誘いにのってはダメよ。慎みを忘れないようにね、ロザリー」

「わかっています、お母様」

ロザリーは、丸顔にクルミのような丸い琥珀色の瞳を輝やかせている。観劇の感動が冷めやらず、頬はうっすらと染まっていた。
美しくなる素養は十分に感じさせるが、今はまだあどけなく可愛らしいという表現がぴったりのこの一人娘を、ルイス男爵は目に入れても痛くないほどかわいがっていた。