一方のロザリーは意気揚々と石畳の街を歩き出した。
ここは初めて来た街だ。だけど記憶にはある。
入ってすぐのこの大きな広場から、三又に分かれた道の先に何があるのかもちゃんと知っている。
知っているのは、ロザリーの記憶の中にいる“リル”

「懐かしい香りです」

ロザリーは大きく手を伸ばし深呼吸をした。するとお尻がムズムズとしてくる。まるで、そこに尻尾があって揺れているように。

「やっぱりリルはここで暮らしていたんですね。間違いないです」

スーツケースを再び押し、迷いもなく三又の道の真ん中を行く。

すぐに、いい匂いを漂わせるパン屋が見えてくる。その先には仕立て屋や細工師が集う一角があり、リルはそこに行くと嫌がられたものだった。

だが今、ロザリーがそこを通ると、店主のほうから声をかけてくる。

「お嬢さん、そんな地味な服ばかり来ていないで、こんな色のドレスを仕立ててみない?」

客引きをした女性が持っていた生地は綺麗なパールピンクだ。素敵だと思うけれど、今のロザリーには過ぎたものだ。それにこの薄緑色のワンピースは旅に出る前に祖父が仕立ててくれた大事なものなのだ。

「ごめんなさい。私、今、あまりお金が無いんです」

ぺこりと頭を下げ、スーツケースを押しながら先を急ぐ。
“リル”のときならすぐにでも追い払おうとしたのに、と思えばおかしくなってくる。

「犬と人間ってこんなに扱いが違うもんなんですねぇ」

ふふ、と笑って先を急ぐ。軽やかな足取りで、目的地に迷うことはない。
だってここは知っている街だから。
前世の自分、垂れ耳と垂れた尾をもち、ふさふさの飾り毛を持つ犬――リルが住んでいた街なのだから。