家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

気を取り直して、ロザリーは浴室の匂いを嗅いだ。街中にそこはかとなく漂っていた匂いを濃くしたような感じだ。この匂いはお湯から出されるものだったのか。匂いが強すぎて、他の匂いがかき消されてしまう。

「……匂いが強いですね」

街中に漂っていたからこの匂いには慣れたつもりだったが、さすがに眉をひそめてしまう。
そんなロザリーを見て、ザックが苦笑する。

「ここは硫黄泉だからな」

「硫黄?」

「温泉にも種類がある。ここの主成分は硫化水素と言われるもので、匂いを嫌がる客もいるだろうが、病気に効果がある。痰が出やすくなるし、皮膚病……特にしもやけにも効く。解毒作用もある万能湯だ」

「温泉……」

独特の、卵が腐ったような匂い。記憶に引っかかるものがあった。
以前も嗅いだことがある。それはリルじゃなくて、ロザリーの記憶だ。

祖父母も含めた家族で出かけた、数少ない記憶。
まだ七、八歳だったロザリーは、祖母と温泉というものに初めて入った。
貴族が大浴場に入ることは通常無く、宿に泊まったとしても小さな浴室を借り切って入る。
だが、祖母はそのあたりの貴族意識が緩い人で、まだ幼いロザリーと大浴場に入りにいったのだ。

『みんな、はだかだねぇ』

『そうだね。こうしていると貴族とか平民だとかこだわっているのもおかしな気がするけどねぇ』