その時、入口の扉がゆっくり開いた。

中に入ってきたのは、緩く波打った金髪の丸顔の少女だった。琥珀色の瞳がキラキラときらめいている。
一瞬懐かしいと感じたが、よく見れば見覚えのない少女だ。何の勘違いだ? と頭を振ったレイモンドは一瞬声を出すのが遅れた。


「……いらっしゃい」

「えっと、あの。この宿のご主人様はいらっしゃいますか?」


おずおずとだがはっきりとした口調で、その少女は入ってくる。清楚な薄緑色のワンピースは庶民が着るものとデザインはそう変わらないが、生地の光沢が違う。

この【切り株亭】に泊まる人間は庶民が多いが、レイモンドの料理の腕のおかげで食堂には貴族や高級商人もやって来る。おかげでレイモンドは人を見分ける目は肥えていた。
この令嬢は、明らかにそちらに所属する人間だ。

だとすれば、保護者と思しき人間がついていないことが気になる。
少女にはまだあどけなさが残り、成人とはいいがたい。否、仮に成人だとしても貴族ならば、年頃の令嬢をひとりで歩かせるような真似はしない。


「やあ、可愛いお嬢さん。この宿の主はこいつだよ」


ケネスが優雅な所作で女性を招き入れる。
荷物は大きな車輪付きのスーツケースが一つだけ。宿屋に入るときに外したのか大きなつばのある帽子を手に持っている。

お客ならチェルシーが、と思いつつ、降りてこないところを見れば二階の部屋の掃除で手一杯なのだろう。
レイモンドは仕方なく厨房から出てくる。


「はいはい。お客さん、泊り?」


大きな鞄もあることから旅行客かと思い、そう声をかけたが、彼女は予想外なことを言った。


「あのっ、私をここで使っていただけませんか!」

「は?」


レイモンドは呆気に取られて黙り込む。

これが、彼女――ロザリンド=ルイスがこの街にやって来た最初の日のことだ。

なお、申し添えておけば、この物語の主人公は、ロザリンドことロザリーであり、レイモンドは物語の傍観者に過ぎない。