ケネスは、すぐ近くに屋敷を持つ、イートン伯爵の子息だ。当然、宿屋の客ではないのだが、レイモンドの料理をことのほか気に入っていて、自領にいる間は毎日のように通ってくる。

先日もケネスの二十二歳の誕生日を祝うため料理を作るようわざわざ注文された。余剰従業員がいないから無理ですと言えば、手伝いとして伯爵邸の料理人を五人も送り込んできた。助かったが釈然としない。しかし、そういった臨時の仕事がこの宿を支えているのも事実なので、甘んじて受けているのが現状だ。
ちなみに、ザックも同い年らしい。働き盛りの年齢なのにこうしてプラプラしているとは、貴族のおぼっちゃまがたはのんきなものだ、とレイモンドは思う。


「だってレイモンドひとりでここを経営するのは、現実的に無理だろう」

「一人じゃありません。ランディとチェルシーという従業員がちゃんといます」

「どちらにしろこの規模の宿屋を三人で切り盛りしようというのは無理がある。閉めるのが嫌なら、他にも人を雇えばいいじゃないか」

「そう簡単ではないんですよ」


レイモンドは再び舌打ちをする。不敬なのは百も承知だが、咎められることはないと分かっていての行動だ。この調子のいい伯爵ご子息は昔馴染みなので、なんだかんだとレイモンドに甘い。


「新しい従業員に仕事を教えるには、それだけ余剰人員が必要なんです。ランディもチェルシーにもそんな余裕はありませんよ」

「お前、そんなこと言ってたらそのうちつぶれるぞ」

「ケネス、いいじゃないか。そうなればレイモンドに伯爵邸に来てもらえば」

「あ、そうか」

「ちょ、ザック様! 余計なこと言わないでくださいよ」


軽口をたたきあう高貴な青年たちにレイモンドはあきれる。

お気楽なお貴族様と一緒にされたら困るのだ。
義父がいない今、レイモンドは経営者だ。従業員の生活も彼の肩にかかっているのだ、適当な決断はできない。
だが、たしかに、仕事が回らないのは事実だ。早急に即戦力となるような人材を雇い入れたい。